第25話 魔獣きたりて

空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト〉――石像の魔族がはなった熱波により、修練場は生命体の存在しえない死地と化していた。

 周囲の森では高熱を受けた木葉から火の手が上がり、降りそそぐ雨と打ち消し合う。一帯はおびただしい蒸気に包まれた。


 むせかえる熱気のなか、修練場の中心にはただ“闇”があった。

 正確に表現すれば、“闇によりつくられた球体”――

 ルカとクラッサスを覆う闇の球体である。


 灰色の光を見た瞬間、ルカは咄嗟の判断で〈闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ〉を防御に回した。闇の翼は変形し、熱波をふせぐ盾となっていた。

 呼吸のできるほどに熱がおさまってきたころ、闇の球体がふたつにわかれ、ルカとクラッサスが姿をあらわす。


「来るぞ!」


 クラッサスがさけんだときには、敵はすでに動きだしていた。

 石像の魔族は飛翔し、さらに落下力と自重じじゅうを乗せ、蒸気を切り裂きながら急降下してくる。

 それが理解できたときにはすでに、眼前には石の肌があった。


 達人の矢のように直進してきたそれは、石の体をルカに激突させる!

 クラッサスの反応速度でも目で追うのが精いっぱいだった。


 ルカは右手にもどし凝縮していた闇の結晶でなんとか直撃をふせぐが、突進の勢いで修練場の端まで一気に吹き飛ばされた。

 ルカの体躯が跳ね、無造作にころがっていく。


「……つぁッ!」


 石像の魔族の追撃は止まらなかった。

 倒れるルカにそのまま接近し、爪牙での一撃を放つ。


 よろめきつつも立ちあがりながら、闇の盾で攻撃を受けとめるルカ。

 二撃、三撃と受け止めながらも、じりじりとバランスを崩され押されていく。

 もう一度倒れかけたとき、闇の盾を翼に変えて上空へと逃げる。

 ひとまず、距離をとろうと考えた。


 だが。


(追いつかれるだと……ッ!?)


闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ〉の翼での飛翔。そのスピードには、鳥であろうが猛獣であろうが魔族であろうが、そう追いつけるものではない。

 だが、上空での二者の距離は、離れるどころか縮まってきていた。


(このままだと間合いにはいられる……ッ!)


 ルカは右腕を振り、闇の槍を放つ。三本同時。

 しかし一本を片手でつかまれ、もう二本も胴には刺さらず乾いた音とともに弾かれた。


(どういうことだ!?

闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ〉の攻撃がとおらないレベルの魔族なんてべる術者は……!)


 惑乱わくらんし、左手にもつ〈紅蓮なる獰悪の牙イン・フレイムス〉の炎の結晶から、苦しまぎれに業火の矢を乱射する。

 しかし、すべてを石の肌に弾かれた。

 石像の魔族に傷ひとつつけることが、できない。


 次の瞬間。


(まわりこまれた!)


 石の両腕での重い一撃が、ルカの背中に振りおろされる。

 瞬間、ルカは闇の翼を盾にもどし、背中を防御。


「ぐぁあッッ!」


 攻撃の威力を殺すことだけはできたが、衝撃はそのまま体へと伝わった。


 急速に地上へ落下していくルカ。

 盾を翼にもどし、できるだけ減速させつつ、体を丸めて急所を守るが――


 修練場にいやな音が響く。ドゴォ、ドッ、ドッと、数回。


「あ……、ぐ…………ッ!」


 闇の翼のおかげで落下直撃は避けられたものの、慣性で何度かはずみ、身体中を打ち付けられる。

 口と頬を生ぬるい感触が覆った。

 頭を打ったせいか、鼻から大量に出血していたのだ。

 雨にまみれ、泥にまみれ。

 口にはいった血を乱暴に吐き捨て、朦朧としながら悔しそうに言った。


「クソが……! ナイトウィッシュ……、をこの魔族に使いやがったな……!」


 なんとか起き上がろうとするも、できない。

 後背部あたりの骨が何本か折れているのがわかる。


(クソッ、クソッ! は……あの魔神器まじんきはオレの……)


 召喚した魔族を現世にとどめておくための魔術式。それを成立させておくだけの魔力は、痛みによりもはや維持できない。

闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ〉と

紅蓮なる獰悪の牙イン・フレイムス〉は音もなく霧散した。



       ◆       ◆



 一方、クラッサス。


 ルカと石像の魔族が上空へと飛翔した直後だった。

 クラッサスを挟み込むように、森から二体の魔獣が飛び出す。

“ウマの脚部を持つワニ”としか形容できないその不気味な生物は、クラッサスの背後をとるように猛烈なスピードで回りこみ、二体同時に牙での攻撃を繰りだした。


 逆側に飛び込むようにし、すんでのところで攻撃をかわしたクラッサスだったが、それを待ちかまえていたかのように別の魔獣が巨大な腕を振りかぶる。

“ウシの頭部をもつクマ”の魔獣が、力まかせに爪を薙いだ。

 咄嗟、クラッサスは左腕で心臓への攻撃をガード。

 だが腕を深く切り裂かれ、さらに吹き飛ばされた。

 雨水が片眼鏡の視界をふさぐ。


「くっ……、連携攻撃だと!? 操っている術者が近くにおるのか!」


 間髪かんはつれず襲いかかってくる二体のワニ魔獣。

 クラッサスは外れていた肩をみずから即座にはめなおすと、前方向に受け身を取りつつ回転。

 交錯するタイミングでウマの脚部を斬った。

 神経を断裂させるように狙いをつけて、二体とも。

 それは、一瞬だった。


 二体の魔獣は脚をバタつかせるとそのまま倒れこむ。

 が、ズリズリとワニの動きで這い、咬みつこうとねらってきた。

 クラッサスは跳躍し、ワニの頭部に着地。硬質な頭部に剣を突き刺し、仕留める。

 これを二体。


 そのとき、辺りにいやな音がひびく。

 撃墜され、大地に打ちつけられたルカが無残にころがるさまを、視界のはしにとらえた。


「ルカ殿!」


 クラッサスはクマ魔獣の攻撃をすり抜け、ルカに駆けよる。ひと目みて、動ける状態ではないことがわかった。

 見上げれば、〈空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト〉。

 高速で突進してきている。


(ルカ殿を連れて逃げるのは間に合わん! 受けきれるか……!?)


 クラッサスは横たわるルカのまえに立ち塞がり、腰を落として重心を低くかまえた。


「ぬおおおおおお!!」


 石像の魔族が突進と同時に突きだしてきた右腕を、クラッサスがつかむ。

 そのまま相手の左肩を曲刀の柄で押さえつけ、その場で踏みとどまる。


「やらせぬぞおォォォォォォ!!」


 体重を乗せ、石像の腹部を思いきり蹴り飛ばす。

 蹴られた石像の魔族は様子をうかがうように、少しだけ距離をとった。そして翼を半分閉じ、まるで本物の石像のようにジッと動かなくなった。

 この魔族に指示を出している降魔師がなにを考えているかはわからないが、隙を見せればすぐに飛びかかってくるのは間違いない。


 クラッサスは背後から襲いくる気配を察し、すぐに剣を持ちなおす。

 石像との牽制を崩さない絶妙な距離まで引きつけ、襲いきたクマ魔獣を斬りかえす。

 左腕、右腕の順に斬り飛ばすと、跳びあがって両目を裂いた。

 腕と目を失ってもなお魔獣は悶絶ひとつしなかった。

 かわらず獲物に襲いかかるがごとく、半分の長さになった両腕を振りまわしている。


(まさか、痛みを感じていない……!?)


 背後に回りこんで背骨の隙間から心臓をひと突きし、殺した。


「魔の力を持つものは結界内では苦しみを覚える。降魔師はもちろん、魔族も、魔獣も、生きているなら痛みで本来の力を発揮することは不可能だ」


 そうルカは言っていた。


(だがこの魔獣たちはどうやら苦しみも、痛みも感じてないように見える。もしや、痛覚を取りのぞかれている……? 結界内で行動できたのはそういうわけか!)


 クラッサスの読みは当たっていた。

 今夜、聖なる谷を襲った魔獣――動物と動物を組み合わせてつくられた魔獣たちは、製造の段階で痛覚を取りのぞかれ、結界内で自由に動けるようにされていた。いわば、ドミ・アルダライル襲撃専用に開発された合成魔獣キメラである。


 クマ魔獣を倒したクラッサスはすぐにルカのもとへもどり、石像の魔族とにらみあう。

 雨音にまぎれて、足音がした。

 人の近づいてくる足音が。

 やがて森のなかから、数十体の合成魔獣を引きつれた黒いローブの老人が姿をあらわした。


――魔獣使いの降魔師、スカー・シンメトリー。


「足手まといと一緒だと、戦いにくそうじゃのう」

「ルカ殿を侮辱するか、外道」


 クラッサスは振りかえらず、怒りをこめてこたえた。


「クカカ。我が子供たちよ。エサの時間じゃ」

「非道な改造をほどこしておいて、なにが我が子か!」


 数えきれないほどの合成魔獣が、同時に襲いかかってきた。

 獰猛に吠えながら、さけび声をあげながら。


 クラッサスは斬った。

 合成魔獣を斬った。

 襲いくる危機を、とにかく斬った。


 斬る、斬る、斬る、斬る!


  我輩はこんなところで死ぬわけにはいかんのだ!

  クレイスズ家の復興のため、そして仲間たちのため!

  ルカ殿を守り、この場をしのぎきる!

  そしてあの外道を――生かしてはおかぬ!!


 四方八方から繰りだされる合成魔獣の攻撃をかわし、次々と斬った。


  ルカ殿には指一本ふれさせぬ!

  まだ、紅茶について教えたい蘊蓄が山ほどあるのだ!


 鬼神のごとく合成魔獣を斬りつづけるクラッサス。

 だが、やがて合成魔獣の攻撃はクラッサスにダメージをあたえはじめる。

 腕に、脚に、体に、頭部に――爪と牙による傷が増えていった。


 クラッサスの動きが、にぶる。


 その瞬間をのがす敵ではなかった。

空の王者を模る石塊の戯具モルス・プリンシピアム・エスト〉、飛翔。


 照準はルカ――!



 召喚を解除され、無防備となったルカ。

 薄れゆく意識のなかで、上空から急降下してくる石像の姿がわかった。

 彼には今、ふたつの思いがあった。

 もしかしてこんなところで終わってしまうのか、という思い。

 なにか、なにか状況を打開する方法があるのではないか、という思い。



――しかし残念ながら、この場にはもう、状況を打開する方法は、ない。



 上空より、石像の魔族が突進してくる。


 クラッサスの叫び声が響く。




 この場には、ない。が――






 ズガァァッッッッ!




「楽しそうなことしてんじゃねえか! 俺もまぜろ!」



 英雄は、あらわれる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!