第22話 禁術vs禁術

――降魔術は、研究者のあいだでよく数学にたとえられる。


 魔界に存在する種、

 本来は彼らしか持ち得ない

 そして魔力を行使して現象を起こす


 有史以来、人類はこの大いなる力に翻弄され、またこれを欲してきた。

 あるとき、精霊を信仰するリハイ族は儀式のなかで精霊の正体を知る。

 それは過去に死んだ人間の魂が何百年もの時を経ることでわずかな意思と、魔力を手に入れたもの。

 人々はそれを“降魔Ghoma”とよんだ。

 人々は降魔を自らの体内に宿す術を編みだした。降魔と契約し、体内に取り込み、一体化する。

 魔力を持った人間、降魔師ごうましの誕生である。


 降魔暦ごうまれき、というものがある。

 ロッシム大陸における紀年法きねんほうは国や地方によってバラバラで、太陽のめぐりを暦にしている国、王や皇帝の名を冠する暦など、実にさまざまだ。

 だが地域を問わず、降魔研究をする者たちのあいだで共通して使われる暦がある。

 それが“降魔暦”――降魔とともに歩んできたロッシムの歴史だ。


 降魔師誕生の瞬間を「降魔暦元年」とするこの暦によれば――

 降魔師組織の内部抗争に端を発する第一次降魔戦争の勃発は降魔暦104年、

 二十年にわたりつづいた諸国連合と降魔師組織との全面戦争――第二次降魔戦争の勃発は降魔暦123年、

 英雄ダラルードが魔王ゾディヅを討ち倒したのは降魔暦348年にあたる。

 そして現在、剣士クラッサスに守られながら降魔師ルカが詠唱をしているのは、降魔暦467年のできごとである。


――詠唱開始から、経過。


 ルカの右手に“闇の結晶”としか形容しがたい暗黒が集まってくる。

 結晶は秒を数えるごとに変容し、ある一定の大きさでまとまると今度は術者の腕を這い、肩口にまで暗黒をのばした。


 降魔術の仕組みというものは、そう単純なものでもない。

 魔脈を通じて身体のなかをめぐり流れる魔力。それを現象として具現化させ、意のままに操る。

 そのために必要なのが呪文の詠唱である。

 特殊な言語を用いたある法則による言葉で、体内に宿した降魔のもつ力を引きだし、魔力を練り、具現化する。この工程をひとつひとつ丁寧につくりあげていく作業が“降魔術”そのものなのだ。


 降魔術を研究する学者のなかには、「降魔術は数学のようなもの」と論じる者も少なくない。

 数式をひとつずつ解いていき最終的な解をしめすように。特殊な言語の組み合わせをひとつずつ紐解いていき、現象を引き起こすのが降魔術であるからだ。


 そして降魔術が数式にたとえられる理由がもう一つ。


 魔術式、すなわちを簡略化できるのだ。


 数式を分解・展開するように、降魔術を現象化するための特殊な言語――魔術式も簡略化、あるいは複雑化することが可能だ。

 ただしかし、最終的な解を出せばいいというものでもない。

 途中の式の理解が少しでも間違っていれば即座に魔力の練成が滞ってしまう。もしくはそこで終わってしまう。もしくは、暴走してしまうのだ。

 数多あまたの降魔師が詠唱の簡略化に失敗し、そして魔力の逆流により命を失ってきた。


 だがこのルカ・ハルメアはちがった。


――詠唱開始から、経過。


 ルカの上半身はすっかり暗黒に覆われ、夜の闇よりもなおくらい。

 さらに、纏う闇とは対照的な輝きをはなつ炎の結晶が足もとに生まれていた。


 二度にわたる降魔戦争で甚大な被害を出した召喚術は、現在は使用を禁じられている。

 召喚術が禁術とされた理由は、「強力すぎる」というほかに、もうひとつあった。


 詠唱がとにかく複雑で長く、正しく操れる降魔師がほとんどいないのだ。


 だがルカ・ハルメアは、魔力がどのように練成され、どのように現象化していくかの理論を完璧に理解していた。

 複雑すぎる召喚の詠唱も、独自のアレンジでおそろしく短縮、高速化することができる。


 

 彼の降魔術発動を目撃した降魔師は、誰もがそう評するだろう。


――詠唱開始から、ジャスト。


「伏せろ!」


 修練場にルカの声が響きわたる。

 一秒以下のリズムまでをも正確に刻んでいたクラッサスにとって、それは聞くまでもない言葉だった。


「待ち侘びた!」


 敵の頸部に曲刀を押しあて、手首のスナップだけで動脈までを斬る。

 勢いのまま二度、斬り返す。

 三つの死体が倒れきるよりさきに跳躍。敵の密集するその場をはなれ、クラッサスは体勢を低くし頭をさげた。



 闇の結晶はルカの背に収束し、まるで鋭利なナイフのように細長い一対の翼へと変化していた。

  “闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ


 足もとに集まった炎の結晶は、獅子の姿へ。火炎そのもので形づくられた獅子へと変化していた。

  “紅蓮なる獰悪の牙イン・フレイムス



――中級魔族の二体同時召喚。



 低級魔族ですら一体の召喚に10分以上かかる術者がほとんどであり、中級魔族の召喚となると通常は半日以上をかけて行われる。

 さらに顕現けんげんのための姿まで魔力でつくりあげるとなると、一日や二日で済む作業ではない。魔術式となる特殊な言語の組み合わせ、その緻密な計算を間違いのないよう何度もかさねてようやく成される。

 クラッサスが二分をかせぐために斬った者たちは低級魔族をこの世に顕現させるために使われた“うつわ”である。つまり召喚された低級魔族たちは肉体の生成まではされていなかった。なぜなら、手間がかかるという以上に、からだ。


 低級魔族の肉体を生成することもと感じる術者が多いなか、中級魔族の召喚を二体同時に、肉体の生成まで含めて二分で完了させた。


 こことは別の世界である魔界。

 そこに存在する魔族。

 それを人間の世界に喚び出す召喚術。


――現在、ロッシム大陸で、


 炎のたてがみをうねらせ、四本の足で大地を焦がす〈紅蓮なる獰悪の牙イン・フレイムス〉は、まるで災厄そのものであった。

 すでに攻撃態勢をといたクラッサスを背後から襲う敵へと飛びかかり、触れる。

 触れただけだった。

 そして、瞬きする間もあたえず

 肉も骨も、灰すら残さず。


 さらに〈闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ〉という闇の翼を得たルカはわずか二十デュールほど浮きあがると、そのまま前方へ飛翔した。

 風を切る音すら置きざりにするほどの速度。

 右腕をひと振りすると、背中から肩口へと貼りついた暗黒が時間と空間を無視して即座に、もっとも遠い位置にいる敵を三体、刺しつらぬく。

 宵闇よりもくらい槍が、“うつわ”のなかの低級魔族ごと敵を大地へ縫い止めた。


 広場の中心、物見やぐらの横まで一瞬にして到達したルカへ、すべての敵がなだれこんでいく。

 右腕より放たれる闇の槍で正面の敵を突き殺し、炎の獅子が背面の敵を焼き消していく。


――魔族の召喚をもっとも高速でおこなえる者はだれか?


 ルカが左手をかかげる。

 するとそこに〈紅蓮なる獰悪の牙イン・フレイムス〉が吸い込まれるように収束し、そしてまばゆき、もとの炎の結晶へと姿をもどした。

 ルカは炎を握りつぶすと、宙に浮いたまま高速で左へ三度回転する。


 ルカの周囲に三重の炎の渦ができあがった。

 炎の渦はやがて上下三層にわかれ、刹那、水面に落ちたしずくがつくりだす波紋のようにひろがった。

 ヴォゥ、ヴォゥ、ヴォゥと、リズムよく、三度。


 瞬刻のできごとだった。

 炎の波紋は数十の敵の首を綺麗に焼き切る。

 絶命の瞬間すら意識させなかっただろう。

 断末魔の叫びもなく、物見やぐらが崩れ落ちる音だけが夜に響く。

 クラッサスからは雨さえも焼き切られたように見えた。

 そう、この場に残っているのはクラッサスと、そして――


――答えは、ルカ・ハルメア。


 詠唱の天才、ルカ・ハルメアだ。

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