序章 最後の戦い

アルダライル王国[降魔暦 367年]

英雄が死んだ日

 夜明け前。

 静まりかえった城下町を歩く、一人の男がいた。


「よかった、みんなまだ寝てるな」


 燃え上がる炎のように逆立った真紅の髪と、切れ長で深い金褐色の双眸そうぼうが、薄暗いなかでもよく映えている。

 なによりも目立つのは、背中に据えた大剣。頭から足までをすっかりと隠してしまうほどの大きさだった。


 このアルダライルの城下町で、彼を知らないものはいない。

 大陸全土を恐怖に陥れた魔王を討った勇猛果敢な英雄であり。

 魔王軍の侵攻で身寄りをなくした民をあつめアルダライル王国をつくり。

 たぐいまれなる決断力と厚い人望で民を導いた、英雄王。


――男の名は、ダラルード=ダレイル。


 彼にはこの朝、誰にも知られずに街を出る必要があった。


「頼むぜ、みんな。絶対に無事でいてくれよな」


 この国はいま、滅亡の危機に瀕していた。

 ルーゲリア帝国と周辺諸国で構成された連合軍が、理不尽な要求とともに開戦を宣言したのだ。これから太陽が一度昇って沈むまでに、この国を焼き尽くしてしまうだろう。



 街と城が奪われ、民は捕らえられ殺されてしまう――

 そんなことはさせない。


 俺がおとりになり、連合軍を引きつける。

 あとはガイトに任せておけばいいさ。きっとうまくやってくれる。

 かならず民を脱出させて、安全な地まで連れて行ってくれるだろうぜ。


 連合軍がどれだけの大軍勢であっても、所詮は寄せ集めの軍団だろ?

 みんなが無事に脱出するまでなら……、なんとかなるさ。

 それに、負ける気なんてない。俺は英雄王ダラルードだ!

 連合軍をぶっ倒したあと、かならずここへ戻ってくる。

 またみんなと、楽しく暮らしていきたいからな!


 それから、あいつとの決着を。

 この魂にかけて!


 ……魂、か。

 この剣を見たら、あいつは……ツシマは怒るだろうな。

 今日は本気で戦えそうになくて、悪い。

 でも……これが全部終わったら、もう一度やろうぜ。

 本当の決着をつけよう!



――ふと足を止め、振り返る。

 いつのまにか街からはすっかり遠ざかっていた。


 薄闇のなか、駆け出す。

 向かう先に見える空と山の稜線が、白みはじめていた。


 ダラルードはわからなくなっていた。


 今から彼は民のため、おとりとなるべく戦場へ向かう。

 しかしそれとはちがう、もうひとつの感情が、自分のなかにあることを知っている。


――俺が認めるただ一人の剣士あいつと……、戦場でやりあう!


 それは歓喜。強い者と剣を交えることができる悦び。

 そしてそれは、なにものにも代えられない戦士としての誇り。



――俺はいったい、なんのために戦場へ向かうのか。


――王として、民たちのために。その感情は偽りのない本物だ。


――戦士として、己の誇りのために。その感情もまた、偽りのない本物なんだ。



 山向こうから昇りはじめた太陽がまばらな光のラインをつくりだし、街を、城を、王を照らす。


「――ゥォォォォオオオオオオオッ!!」

 ダラルードが雄叫びをあげる。己の迷いを振り切るように。

 戦士に迷いなど必要ないから。


「――――!!」

 うしろのほうからも、なにか叫ぶような声が聞こえた気がした。

 だがもう、振り返らなかった。

 真紅の英雄王の姿は、太陽の光のなかへ――己の在るべき場所へと、消えていった。



       ◆



 魔王の討伐により名を知らしめ、王として国を治めた英雄ダラルード。

 彼の物語はこの日、一度の幕を閉じることとなる。


 それから百年後――

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