第67話 主義者たち

 「そもそも共産主義は、「世界中の政府を暴力で転覆して、金持ちを皆殺しにすれば、全人類が幸せになれる」という思想です。」

 

               ―「国際法で読み解く戦後史の真実」 倉山満著 

 

 曰く、「東京の地下には秘密の地下道が縦横無尽に走っており、要人の脱出や自衛隊の部隊移動に使われる」。多数の出版物やテレビ番組でも取り上げられてきた都市伝説の代表格である。

 国防陸軍の市ヶ谷基地から朝霞基地までの地下通路は、公式に存在が発表されているから、都市伝説とばかりは言えない。

 現代でも、要人の脱出や秘密裏の移動に地下道というものは有効性が失われていない。地下貫通爆弾でも地下に存在する標的の位置を把握するのは、地表の経過観察など面倒な手間が必要になるからだ。

 この満州でも建国当初から関東軍は新京市の主要建築物間に地下通路を張り巡らせていた。陸軍は伝統的にソ連軍の日露戦争の復讐戦に備えていたから、その一環とも言える。前原がかつて参加していた参謀たちの「自主研究会」では、ソ連軍が侵攻してきた場合への備えとして、皇帝溥儀の脱出計画を策定したこともあった。

 その計画が今や前原や進藤の進めるまったく逆の「目的」に使われるというのは、まさに皮肉というほかない。

 前原と進藤の二人はその地下通路を、用意して九七式側車付自動二輪車を使って移動していた。

 サイドカー付きのオートバイでも楽に移動できるほど、地下通路は幅が広く建造されていた。要人の移動だけではなく、部隊を移動させることも考慮されていたせいだろうか。

 ともあれ、二人は徒歩で地上を移動するより遥かに早く、妨害を受けずに皇宮の内部へ侵入を果たしていた。

 二人が出たのはワインセラーとして使われている地下倉庫の一角だった。外国からの賓客をもてなすための高級そうなワインが広大な地下倉庫に丁寧に陳列され、ウィスキーの樽まで並べてある。

「同志進藤、無事脱出できたようだな」

 二人を待っていたのは、満州国軍の制服を着た背の低い男だった。よくこの男の体格に合う軍服が見つかったと思うほどに肉付きの良すぎる体格に、分かりやすい悪相と言うべき濃い顔をしている。

「それで、その男が例の『協力者』か。信用できるのか」

 金属をこすり合わせていると錯覚するほどの酷いだみ声で、かつ発音が怪しい日本語だった。

 前原は自分のことを話題にされていると気づき、その男を睨み付ける。

 だが、その男はまるで気にしている様子はなかった。

「同志程。問題はない。思想的に一致している訳ではないが、利害は一致している。それより、上の状況を聞かせてくれ」

 程と呼ばれた男は、フンと鼻を鳴らして前原に白い目を向ける。だが、口に出してまで文句を言うつもりはないらしかった。

「昨日の連絡から変化はない。まだ睨み合いの状態だ。日本軍は包囲するだけで、強行突入する気配はない」

「了解した。それで、こちらの準備は出来ているのか」

 進藤の問いに、程は品性の欠片も感じられない笑みを浮かべて頷く。

 芝居がかった動作で大きく手を広げてみせる程に、前原は言いようのない苛立ちを感じた。

 出会ったばかりだが、およそこの男には好感がもてそうになかった。

「武器の用意は出来ている。まあ見ていろ」

 そう言って程という男は壁際に立てかけてあったバールを取ると、無造作に床に積んである木箱の蓋に爪を引っ掛けて引き剥がす。おがくずの詰まっている木箱の中に手を突っ込んだ程は、中から黒光りする鋼鉄製の物体を引っ張り出す。

「ハーネルMP28短機関銃サブマシンガン。国民党にドイツ軍が供与した物を横流しさせた。他にもどこで入手したかは知らんが、ソ連軍のPPSh-41もある。欲を言えばすべて統一したかったが、所詮は闇市場。足元を見られた」

「よく手に入ったな。弾薬はどの程度ある」

「MP28の方は軽く三回は戦闘出来るはずだが。火力を優先しろという事だったな」

「問題ない。どのみち補給は、すぐには期待できない。訓練は行っただろうな」

「無茶を言うな。こちらの兵隊は大半が満州国軍所属の秘密党員だ。各自一通りの銃器は扱えるはずだがな」

 進藤は一瞬押し黙り、思考を巡らせている顔になる。

「分かった。贅沢を言っても仕方ない。所詮は寄せ集めだからな」

「思想的忠誠度なら問題ない。革命戦士としての士気は旺盛のはずだ。多少の練度不足なら火力で補えばいい」

 程の物言いに、前原はあからさまな侮蔑の表情を浮かべる。

 それに気づかぬ程に、程の瞳には狂信者特有の異様にギラついた輝き浮かんでいた。

 見ているだけでこちらが汚染されそうな気分になり、進藤はさり気なく顔を背ける。

「さて、それでは同志に銃を渡しておこう。MP28で問題ないな」

 程から手渡されたMP28を受取り、弾倉を入れていない状態で構えてみる。 

 最新式のMP38より一つ前の世代の銃ではあるが、大きさも大きすぎず重さも三八式歩兵銃と同じ程度と悪くない。塹壕の中での戦闘を前提に開発されただけあり、狭い屋内でも取り回しに苦労は無さそうだ。

「スペイン内戦の市街戦でも活躍した名銃、というのが連中の触れ込みだったが。一応、郊外で試射は済ませてある」

「分かった、十分だ。それで、その秘密党員とやらには銃を渡してあるのか」

「まだ全員ではない。一度に受け渡しをすれば怪しまれるからな。これから行動を起こす混乱を利用して受け渡しを完了させる予定だ」

「了解した。さて、諸君。革命を始めよう」

 進藤は我ながら芝居がかった物言いだと思った。

-まあ、芝居でもなければ革命などと素面では言えない。 

 前原はわざとらしく舌打ちをして応じる。

「ソビィエト連邦万歳。同志毛沢東万歳!満州国共産党万歳!」

 わざわざ踵を打ち鳴らして、そう宣言する程を進藤はどこまでも冷ややかに見ていた。

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