第15話淫魔の誘惑

 鉄格子の前に現れた美濃島衆頭領、美濃島咲。

 彼女は薄紫の小袖を身に着けているのみであった。


 咲は鉄格子を開けさせ、二人の女部下と共に部屋に入って来た。

 部下は刀を抜いて咲の後ろに控える。


「城戸礼次郎・・・どう?少しは身体を休められれたかい?」


 咲は気怠そうな表情に妖艶な笑みを浮かべて言った。


「ああ・・・少し眠ったからな」

「ふふ、それは良かった」


 咲は笑うと、


「うちの者から報告が来た、徳川があんたを探し回ってるってさ」

「そうか・・・休めたからもう家康に売ってしまってもいいぜ」

「ふふ・・・そうやって家康に引き渡しに行く途中に隙を狙って逃げようって言うんだろう?」


 礼次郎がぎくっとなった。

 咲には考えが見透かされていた。


「威勢のいいこと・・・だが無駄なことよ・・・固く縛って前後左右囲んで引き渡すからねぇ」

「・・・何しに来た?」


 礼次郎が睨むと、


「家康に引き渡さないであげてもいいわよ?」


「なに・・・?」

「あんたを見てるとこのまま家康に引き渡すのがもったいなくなってねぇ」

「どういうことだ?」

「家康に渡さない・・・その代わり・・・」


 咲の瞳に妖しげな光が灯った。


 礼次郎は唾を飲み込んだ。


「ここで死ぬまで私の身体の奴隷になるってのはどうだい?」


 と、咲が言った。


 美しさと恐怖を合わせ持った魔性の笑顔だった。


「何言ってやがる・・・」


 礼次郎は背中に冷たさを感じた。


「本当よ・・・いい話じゃないかい?お前は家康に渡されたらまず殺されるだろう。それよりもここで生きて私の身体の奴隷になる方がいいんじゃないかい?」

「バカげたことを」


 礼次郎が吐き捨てた。


 すると咲はするすると帯を解いて、薄紫の小袖の前をはだけた。

 下には何も身に着けていなかった。

 白い肌にふくよかな乳房、程よい肉付きの下半身が露わになった。

 ただ、腰には革の帯が巻かれており、その脇には護身用の小刀が差されている。


「何してるんだ!」


 礼次郎は思わず目を逸らした。


「ふふ・・・」


 咲は笑うと、礼次郎に近付き、礼次郎の顔を両手でつかんで自分に向けさせた。


「私を見なさい・・・この私の美しさと肉体を前に平静でいられた男などいない・・・」


 何か匂いのするものでもつけているのか、甘い香りが混じる咲の吐息が礼次郎の首をくすぐった。


「ふふふ・・・どうだ?私の身体を見て何か感じないか?私の全てを欲しくなるだろう?」


 咲は淫靡な微笑みを見せた。

 礼次郎は脳の奥が痺れるような感覚に襲われ、唇を噛んだ。

 額から脂汗が流れる。


「あれを」


 と、咲は背後に控える女部下に命じて、何やら小さな紙包みを出させた。

 咲が受け取り、紙包みを開くと、中には白い顆粒状の薬のようなものがあった。


「これは蕩媚丸と言う薬で、これを飲んでまぐわうとその快感が何倍にも増幅する。一度これを飲んでまぐわえばその快感の虜となる。しかしその後は段々と覇気を失い、正常な思考力を失い、最終的には私に命じられたこと、つまり私とまぐわうことしか考えられなくなって行く・・・。私の身体の奴隷の出来上がりさ」


「・・・つまらない嘘をつくんだな」


 礼次郎が言うと、


「嘘だと思うか・・・?この部屋に来る途中、ぼーっとした男たち何人かを見なかったか?」


 と、咲がにやりと笑って言った。


 礼次郎ははっと思い出した。


「あいつらはこの薬を飲んで私とやった男たちだ。今や正常な思考を失い、昼間は命じられた雑務を行い、夜は私の命ずるがままに腰を振るのさ」

「何と言うことを・・・」


「残酷だと思うかい・・・?違うよ、奴らは喜んでる。私と言う極上の身体を前にして涙を流して喜び腰を振っているよ」

「てめぇ・・・・・・」


「私はあっちの欲が強くてねぇ・・・毎晩身体が火照って仕方ないんだよ。鎮める為にあいつらのような男たちが必要なのさ」

「だからこの部屋が妙に綺麗で寝床まであるのか・・・・・・」

「そういうこと」

「・・・・・・」


 礼次郎の手が震えた。


 咲はさっと素早く腰の小刀を抜いて礼次郎の首に突きつけた。


「さあどうする城戸礼次郎?選ばせてあげるよ。徳川家康に売られるか、私の身体の奴隷として生きるか」


 背筋が凍るかのような咲の魔性の微笑みであった。

 礼次郎の背中に冷たい汗が流れた。


「どうした・・・?選べ」


 咲の背後、鉄格子の前で咲の女部下二人がいつの間にかこちらに弓矢を向けていた。


「選べ・・・早くしろ!」


 咲の声色が一変、凄みのある声で怒鳴った。


「・・・それを」


 と、礼次郎は咲が左手に持つ蕩媚丸を指差した。

 咲はにやりと笑うと、


「そう、それでいい・・・恥じることはない、私を前にして我慢できなかった男なぞいないのだから・・・」


 と、右手は小刀を礼次郎の首に突きつけたまま、左手で蕩媚丸を礼次郎に差し出した。

 礼次郎は受け取ると、じっと蕩媚丸を凝視した。


「嬉しいよ・・・お前は私の好みだからねぇ。まだこんなに若いし、毎日楽しめそうだねぇ。今日は一部の見張りを除いてほとんどの者は麓の村に帰らせてあるんだ、気兼ねなく朝まで楽しめるよ。・・・大丈夫、お前もすぐに私に夢中になる・・・」


 咲は妖魔の如く笑い、


「この薬は強いから、最初はこれぐらいの少量からだ。その後段々と量を増やすんだ・・・。さあ飲みな」


「・・・・・・」


 礼次郎は蕩媚丸の包みを持ったまま動かなかった。


「どうした・・・?さあ飲むがいい」


 咲が促す。

 礼次郎は覚悟を決めたのか、蕩媚丸を口に運ぶと一気に飲み込んだ。


「よし、それでいい」


 咲は笑うと、部下二人に後ろを向かせた。

 そして持っていた小刀を腰に戻すと、その右手で礼次郎の顎を触った。

 礼次郎の目がどことなく虚ろになった。


「ふふ・・・いいよ、ぞくぞくするよ・・・久々にこんないい男とやれるんだから・・・」


 と、言うと、咲は礼次郎の身体を寝床に倒した。

 そして小袖は前をはだけて身体にかけたまま、礼次郎の身体に覆いかぶさった。

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