第9話宗龍無念

「ふじっ!!」


 悲鳴を上げて、たえと侍女が駆け寄る。


 しかし再びヒュッと光が走ったかと思うと次の瞬間には二人の身にも矢が突き刺さっていた。


 たえと侍女が悲鳴を上げてうつ伏せに倒れた。


 崩れ落ちたふじの側、幼い男の子が泣きじゃくっていた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん・・・!!」


 ふじは力を振り絞って半身を起こし、


「に・・・げて・・・いい?逃げるの・・・」


 震える声で言った。


 ふじの背中を夥しい血が染めていた。


 やがて口端からも血がこぼれた。


「でも・・・怖いよ・・・」


 そう言って脅えた顔を見せた男児に、ふじは精一杯の恐い顔をして見せた。


「男の子・・・でしょ!・・・頑張りなさい・・・!お父と・・・お母を・・・探して!!」

「でも・・・お姉ちゃんは?」

「わ・・・たし・・は、だ・・いじょうぶ・・・れ・・いじが来てくれるから」


 ふじは今度はにこっと笑って見せた。


「でも」

「早く・・・行って!・・・早くしなさい!」


 すると男の子は泣き顔のまま立ち上がり、


「ありがとうお姉ちゃん、お父とお母を見つけたら連れて来るから!」


 走り出した。


 ふじはそれを見送ると、たえと侍女が倒れた方に視線をやった。

 どうやらまだ生きているようだが、うつ伏せに倒れたまま動いていなかった。


「は・・はうえ・・・」


 ふじの両の瞳から涙がこぼれ落ちた。


 その白い顔がますます白くなる。


「礼次・・・」


 言葉が、怒号と悲鳴の混じる熱くなった天に消えて行った。



 北門を通って侵入して来た徳川兵達によって、ついに正門が開けられた。

 こうなると最早城戸軍には為す術が無かった。

 正門より突入した徳川兵達によって城戸兵は次々と倒れて行った。


「当主城戸宗龍を探せいっ!!」


 倉本虎之進が大声で命令する。

 虎之進自身も刀を手に館を走り回っていた。



 宗龍は自室に入ると、順八に障子をしっかり閉めさせた。


「殿、本気ですか?」


 順八が聞くと、宗龍は無造作に甲冑を脱ぎ捨て、どかっと座り込んだ。


「本気じゃ。よく聞け、天哮丸のある場所は城戸家当主による一子相伝。城戸家当主と、そして次の当主になる者しか知らぬ。すなわちわしと礼次郎だけだ、これは知っておろう?」


「はい・・・」


「わしが今ここで死ねば、天哮丸の場所を知っている者は礼次郎だけとなる・・・。礼次郎を使いに出したのは不幸中の幸いであった。わしが腹を切った後、礼次郎が真田家に行って生き延びてくれれば天哮丸は守れるのだ。わかったか?」


「殿・・・」


 順八は咽び泣いていた。


「天哮丸を守るのが城戸家の使命。わしは命に代えて天哮丸を守るのだ。一つ気がかりなのは、礼次郎には天哮丸の場所だけは教えてあるが、天哮丸に関わる全ての事を伝える継承の儀がまだすんでおらぬこと・・・だがこれはいずれ自身で知ることもできよう」


 外の戦闘の音が聞こえてくる。激しくなって来ているのがわかった。


「では急ぐぞ」

「はい・・・」


 順八は泣きながら宗龍の背後に移動し、介錯の刀を抜いて振り上げた。


「順八、今まで世話になった。生き延びることができたら礼次郎をよろしく頼む」


 そう言うと、宗龍は一つ大きく深呼吸した。


 そして気合いの声と共に抜いた脇差を自身の腹に突き立て、一気に横に切り裂いた。

 真っ赤な血が噴出した。

 宗龍の首が垂れた。


 その時、


「城戸宗龍!!」


 と、障子を突き破って入って来た者がある。


 刀を持った倉本虎之進であった。


 刀を振り上げていた順八の動きが止まった。


「!!・・・遅かったか!!」


 虎之進が言うと、突っ伏した宗龍が気力で顔を上げた。


「は・・・はは・・・天哮丸は・・・命・・・と・・・引き換えに・・・してでも守る!!」


 まさに鬼気迫る形相の、息絶えながらの最後の叫びであった。

 そして再び宗龍の顔が落ちた。


「ちっ・・・まあいい」


 と、言うと、虎之進は順八に刀を向けて言った。


「天哮丸はどこだ?出せっ!」


 すると順八は青ざめた顔で笑いながら言った。


「は・・ははは!天哮丸はここには無い!」

「何・・・?見え透いた嘘を!どこだ!」

「天哮丸は門外不出の河内源氏の秘剣、館内にあるわけがない!別の場所に祭ってあるのだ!」

「ではその場所を言え、さもなくば首が飛ぶぞ!」

「殺したければ殺すがいい!わしはその場所なんぞ知らん。天哮丸のある場所は、代々城戸家当主と、その次の当主になる者にしか伝えられんのだ!」

「何だと・・・?」

「だから今ここで殿は腹をめされたのだ!・・・残念だったな」


 順八の様子からすると嘘をついているとは思えなかった。


 虎之進の冷たい目が苛立ちに満ちた。


「くそがっ!」


 虎之進が一閃、順八に斬りつけた。

 順八が悲鳴を上げて倒れた。

 そして返す刀で突っ伏したまま呻く宗龍に斬りつけ、止めを刺した。


「おのれ・・・天哮丸がここに無いばかりか場所は城戸家当主しか知らんとは・・・」


 虎之進は拳を握りしめた。

 だが、はっと気付いた。


 ――さっき、天哮丸の場所は城戸家の当主と、"次の当主"になる者しか知らんと言っていたな・・・


「城戸・・・礼次郎か・・・!」


 虎之進は部屋の外に飛び出した。


「皆の者!城戸礼次郎を探せっ!ここのどこかに隠れているはずだ!」

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