魔城七天山編

第79話 五人対五十人の決戦

 高梨村はすぐそこである。

 馬を飛ばしてやって来た礼次郎らと美濃島咲。

 村に着くか着かないかのうちに、もう村の緊急事態がわかった。


「ぎゃあっ」

「た……助けて!」


 剣の交わる音と悲鳴が飛び交っている。

 幻狼衆と見られる軽武装の兵士達が、逃げ惑う村の人間に凶刃を振っている。

 戦える年頃の男達はそれぞれ武器を持って必死に抵抗しているが、その戦闘能力、人数は心許ない。


「これは酷い! 何て奴らだ、幻狼衆ってのは!」


 礼次郎が怒りの声を荒げた。

 咲は苦い顔で見回すと、


「奴ら、五十人はいそうだねぇ。参ったね、今から部下達を呼びに行って間に合うかどうか」


 と言うと、礼次郎は真顔で咲を見て、


「お前、何言ってるんだ?」

「は?」

「お前とオレ達で五人いるじゃねえか」


 礼次郎はそう言うと馬から飛び降りた。

 順五郎、壮之介、千蔵も続いて馬から降りる。


「何言ってるのよ? たった五人じゃどうしようもできないだろう?」


 咲が言うと、


「だからと言って今からお前の部下達を呼びに行っても戻って来た時にはもう皆殺しだ。今行かなければあそこの民達は救えないぞ」


 礼次郎はじろっと横目で咲を見た。


「だけど……たった五人でどうするのよ?」

「やるしかないだろ!」


 そう言うと、礼次郎は闘志に燃える眼差しで刀を抜いた。

 順五郎は槍、壮之介は錫杖を構え、千蔵は忍び刀を抜く。



 ――お師匠様にはもう使うなと言われたばかりだが、この状況では仕方がない!



 礼次郎は呼吸を整え、感覚を研ぎ澄まして行く。

 真円流精心術、心の皮を剥いて行った。


 そして礼次郎の目の色が変わった時、


「行くぞ!」


 と礼次郎の号令で、主従は殺戮の鬼と化して村を蹂躙する幻狼衆の兵士達へ向かって行った。


「お前も何て奴だよ」


 苦い顔で言うと、咲もまた覚悟を決めて馬から飛び降りて刀を抜き、礼次郎らの後を追いかけた。


「な、何だてめえらは!」


 民を襲っていた兵士達が、地を蹴って飛び上がった礼次郎に気付いた時には、すでに礼次郎の刀が一閃していた。

 鋭い斬撃が腹を裂いた。

 返り血を浴びる間も無く、返す刀でもう一人に一閃。

 そして身体を回転させると、背後に迫っていた敵を鋭く突き、それを蹴り飛ばした勢いで跳躍すると、その後ろにいた二人を早業で斬り伏せた。


 その様を見た咲は驚いて目を見張った。



 ――これはすごい……あれからわずかの間にどうしてこれほど腕を上げた?



 それは心の皮を剥いて感覚を一段上げたことに加え、昨晩の清雲斎の激しい特訓が効いていたのだが、咲はそんなことは知らない。



 ――それにあの三人の強さ……。



 順五郎の槍、壮之介の錫杖が唸りを上げて幻狼衆の兵士たちを叩き飛ばして行く。

 千蔵は忍び刀を持って変幻自在の太刀筋、一人ずつ確実に仕留める。



 ――これなら行けるかもね。



 戦の後で疲労した咲の身体に、再び力が蘇った。

 咲は近くの敵兵に向かって行くと、気合いの叫びと共に刀を横に払った。


 礼次郎らの突然の乱入とその強さに、幻狼衆の間に動揺が走った。


「何だこいつらは?」

「気をつけろ、強いぞ!」


 民を襲う手を止め、礼次郎らの応戦に回った。


 後方で馬上悠々と見守っていた幻狼衆頭領の玄介もまた、その異変に気付き顔色を変えた。


「何だあいつらは?」


 縦横無尽に斬りまくる礼次郎らを見つめた。


「我が軍の兵達を相手に……あれは強いぞ」


 玄介の白い顔から薄ら笑いが消えた。


「周蔵、皆をあいつらに向かわせろ!」


 側近の三上周蔵に命じた。


「承知!」


 周蔵が命令通りに指示を出しに向かった。


「奴ら、皆でこっちに向かって来るぞ!」


 順五郎の指摘に気付いた礼次郎は、


「方陣だ! 互いに背を守る!」


 と叫んだ。


「よし!」


 咲を含めた五人は約二間(3.6メートル)感覚で外を向いた輪を組んだ。

 そして四方より襲い掛かってくる敵に応戦した。

 互いに背を守り合った五人は安定感を増し、その前に幻狼衆の兵士達は歯が立たない。

 やがて、幻狼衆の兵士たちの顔に動揺が走る。


「これはいかん」

「強いぞ!」


 その手が鈍ったのを見た礼次郎、


「今だ、一気に突き崩すぞ!」

「おう!」


 今度はこちらから襲い掛かって行った。


 五人の鋭く縦横に閃く太刀筋、轟音を上げて猛々しく暴れる槍と錫杖は、動揺し始めた幻狼衆を圧倒した。


 中でも城戸礼次郎の戦いぶりは鋭く鮮烈で、敵兵四、五人の塊の中へ低くした姿勢から飛び込んで行くと上下に刀を一閃、身体を回転させながら左右に二連撃、あっと言う間の早業で五人ばかりを斬り伏せると、また近くの敵兵の集団へ飛びかかって行った。


 そして暴風の如きその勢いの前に、幻狼衆は悲鳴と血飛沫を上げて倒れて行き、逃げ始める者まで出始めた。


 ついに、たった五人で十倍の五十人を追い散らしたのである。


「我が軍の兵たちが……いかに急ぎかき集めた兵とは言え五十人はいるんだぞ。何てことだ。あいつらは何者だ?」


 目の前の信じられない光景に、玄介は唖然とした。

 側近の三上周蔵は動揺した顔で、


「ここは一旦退きましょう」


 と進言。


「うむ、仕方ない」


 玄介は悔しさの混じる顔で馬首を返した。


「あれが大将か? 逃がすか! 順五郎、壮之介、千蔵、他の連中を頼む!」


 礼次郎が刀を提げたまま近くにいた馬に飛び乗り、追いかけて行った。


「確か向こうの方は崖よ! 追い詰めよう!」


 咲もそう言い、馬に乗って後に続いた。


「お頭、あいつらが我々を追って来ます」

「何?」


 玄介が振り返ると、礼次郎と咲が追って来る姿が見えた。


「調子に乗ってるな」


 玄介が苦々しげに呟くと、


「しまった。お頭、崖です!」


 周蔵の言葉に、玄介は前方に視線を戻した。

 道の先が途切れており、向こうの山の緑が見える。


 玄介は苛立たしげに舌打ちしたが、すぐに薄ら笑いを浮かべ、


「まあ、いいだろう。我らの軍相手にたった五人でここまでやったことに敬意を表して挨拶の一つでもしてやるか」


 馬を止めてくるりと返した。


 やがてすぐに追いついた礼次郎と咲。

 玄介は崖の手前で馬を止めてこちらを見ている。


 礼次郎はその顔をじっと見た。

 茶色い髪、白い肌に茶色い瞳、その年齢のわかりにくい風貌は、どことなく少年のような面差しがある。だが、その茶色い瞳の奥底には倉本虎之進のような冷たさが感じられた。

 その玄介に、咲は言った。


「ついに追い詰めたよ。お前が幻狼衆の頭領か。意外だよ、そんな顔してたのか」


 玄介はその茶色い瞳で咲をじっと見つめると、


「ふ……ふふふ……」


 と薄ら笑いを浮かべ、


「その姿、お前は美濃島咲だな?」


 少し高い声で言った。

 咲はキッと玄介を睨むと、


「その通り、貴様の裏切りで殺された美濃島元秀の娘だよ。これまでの落とし前つけさせてもらおうか」


 馬上刀を抜いた。

 すると、隣の礼次郎が、


「何も罪の無い民を殺めた報いを受けてもらうぜ。だがその前に一つ聞く。城戸に戦に行くと言ったそうだな?城戸はすでに滅んでいる、今更戦に行くってのはどういうことだ?」


 と言うと、玄介は礼次郎の全身を見回して聞いた。


「うん? お前はどうも美濃島衆の人間じゃなさそうだね。何者だね?」


 礼次郎は真っ直ぐに玄介の目を見据えると、


「城戸礼次郎」


 と答えた。


「な、何? 城戸礼次郎? 本当か?」


 玄介は眉尻を上げた。


「嘘をついてどうする」

 

 その時、順五郎達も追いついて来た。


「礼次様、奴らは皆片づけましたぞ!」


 そう言った壮之介の言葉を耳にした玄介は、


「ほう、どうやら本当に城戸礼次郎か……そうか……本物か、はは……ははははは!」


 玄介は高笑いを上げた。


「てめえ、何がおかしい?」


 礼次郎は睨みつける。


「いやあ、そうか。城戸に行く手間が省けたと思ってさ!」

「何だと? じゃあ城戸に行く目的はオレか?」

「その通り! お前が生きていると言う話を部下から聞いてね。力づくでも聞き出したいことがあったから兵を連れて行こうとしたんだ。まあ、兵は皆、今しがたお前たちにやられてしまったけど、城戸礼次郎本人にここで出会えたのは幸いだ」

「オレに聞きたいことってのは何だ? まさかお前も天哮丸を?」

「そうだよ、やっぱり話が早いねえ、ふふ……」


 玄介は薄ら笑いでにやにやすると、


「その癇に触る笑い方をやめろ!」


 礼次郎が眦を吊り上げた。

 すると玄介は目を見張り、


「ふ……仁井田統十郎と同じことを言うんだな。そうか、誰かに似てると思ったら、お前あの男と同じような匂いがするね。性格は全然違うようだけどさ」


 それを聞いた咲は、


「仁井田と戦場で会ったのか? あいつはどうした?」

「殺したよ」


 玄介はにやついたまま言い放った。


「何っ?」


 咲、礼次郎、共に驚いた。


「噂通りの剛勇だったけど、何せすでにボロボロだったからね……残念だったね、悪く思うなよ」

「勘違いするな、私らはあいつの仲間じゃない」

「ふ……そうかい」


 玄介はまたもにやにや笑うと、礼次郎の顔を見て、


「さて、天哮丸のことを聞きたいんだけどね」

「それなら無駄だ。天哮丸はすでに無い」

「だろうね、お前は持っていないだろうさ」


 その言葉に礼次郎の眉が動く。


「何故知っている?」


 と言うと、玄介は礼次郎の顔を見て冷たくにやりと笑い、


「天哮丸をいただいたのはこの私だからね」


 と、驚きの言葉を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る