第64話 美濃島騎馬隊

 相手は統十郎に気付くと腰を屈め、槍を構えた。


「その力見せてもらうぞ」


 統十郎が吠えた。

 いきなり槍を左上段から振り下ろした。

 だが相手は落ち着いて下から跳ね上げる。


 統十郎の剛力の槍は、常人であれば受け止めても勢いで押されるものだが、この相手は微動だにしなかった。

 そして槍を払ってぱっと離れると、落ち着いた目つきでじろじろと統十郎を見た。

 丸い輪郭に細い目、顔や表情は至って普通の人間だが、その目つきはどこか観察しているようである。


「なんだその目つきは? 気に入らねえな」


 なんとなく統十郎の癇に障った。

 両者のその間合い、およそ二間(約3.6メートル)。

 統十郎が槍を突こうと駆け出そうとすると、その目の前に刃を交えている別の一組がもつれこんで来た。


「ちっ……」


 苛立った統十郎は槍を振り上げると、


「邪魔だ!!」


 と味方の美濃島兵ごと叩き飛ばした挙句その二人とも槍で突いてしまった。

 そして何を思ったか槍を投げ捨てると、


「俺はやはりこっちで斬り合うのが合っている」


 と、刀を抜いた。

 すると相手も槍を投げ捨てて抜刀した。


「ほう、つきあってくれるのか? それとも余裕なのか? どちらにせよ気に食わんな」


 統十郎が額に青筋立てて眦を吊り上げた。


「俺の名は仁井田統十郎。答えてくれるかわからんが聞いておく。お前の名は?」


 相手はじっと統十郎を見つめると、答えた。


「宗右衛門」

「宗右衛門か。よし、行くぞ!」


 統十郎が唸り声のような刃風を起こして斬りかかった。

 宗右衛門は冷静に真正面から受け止めると右に飛び退いた。

 統十郎は追いかけて二の太刀を突いて行く。

 宗右衛門はまたしても受け止めると、そのまま両者は数合打ち合った。


 統十郎は内心驚いた。



 ――こいつ、やはり思った通り強い。他の連中とは比べものにならん。



(しかも何だこの動きは? そうだ……どことなく城戸礼次郎に似ている。……しかし真円流とも違う。先程も感じたようにこいつらは忍びっぽいが……しかし忍びとも違うようだ)



 両者が弾かれたように離れ、間合いを取った。

 ふうっと息をついた統十郎は、刀を腰に納めた。


「どうした?」


 宗右衛門が訝しんだ。

 統十郎はうっすら笑うと、


「お前は特別のようだな」


 と言って、兜を脱ぎ捨てた。


「こんなのをかぶっていると勘が鈍る」


 頭を振り、総髪が両肩に垂れた。

 そして、腰に差しているもう一本の長い刀を抜いた。

 宗右衛門はそれを見て少し驚いた表情になった。


「直刀?」


 それこそ統十郎の愛刀、無反りの直刀、撃燕兼光であった。


「そうだ、兼光が作った唯一の直刀、燕撃ち。通称撃燕兼光。滅多に見られる物じゃないからあの世への土産によく見ておくんだな」


 統十郎は撃燕兼光を右肩口で垂直に立てて構えた。即ち八相の構え。

 撃燕の刃紋に陽の光が乱反射した。


「さあ、かかって来いよ」


 統十郎が挑発した。

 宗右衛門は初めて対峙する直刀を使う相手に戸惑い、刀を構えたまま動けなかった。


「来ないならこっちから行くぜ」


 そう言うと、統十郎は砂煙を上げて踏み込み、刃風と言うよりも轟音を上げて撃燕を振り下ろした。

 宗右衛門は下から太刀を振り上げて受け止めたが、今度は少し勢いに押された。

 宗右衛門は太刀を離すと腰を屈めて素早く統十郎の左に回り込んだ。

 そして宗右衛門が右上段から打ち下ろそうとした時だった。


 統十郎の右肩口から閃光が走ったかと思うと、撃燕兼光の直刀が宗右衛門の胸を真っ直ぐに貫いていた。


「あ……あ……!」


 声にならない激痛が、宗右衛門の上半身を襲う。

 統十郎は苦痛に歪む宗右衛門の顔を一瞥すると、直刀を勢いよく抜いた。

 宗右衛門の身体が胸から血を吹き出して、地に倒れた。しばらく動いていたが、やがて動かなくなった。


「よし、まあこんなところか」


 統十郎は残忍とも見える笑みで宗右衛門を見下ろした。


 その時、美濃島軍後方でドンドンドンと陣太鼓が鳴った。


「もう退却か」


 統十郎が振り返った。


「退け、退けぇ!」


 美濃島軍の組頭たちが叫んだ。

 前日の作戦通りの偽退却の合図であった。

 美濃島軍が一斉に退却し始めた。



 ――少し物足りないが、一人とは戦えたのでよしとするか。



 統十郎も撃燕兼光を持ったまま後方へ走った。

 退却を助ける牽制の鉄砲の轟音が鳴り響いた。


「追え! 追撃じゃ!」


 前日とは違い、今日の幻狼軍は美濃島軍を追撃にかかった。


「咲様、狙い通りです、奴ら追って来ましたぞ!」


 半之助がしてやったりと言った顔で言った。

 咲は落ち着いた顔で馬首を旋回させた。


「よし、では我ら本隊も退くぞ、牛追平まで誘き寄せるのだ!」



 鉄砲隊で牽制しつつ退いて行く美濃島軍と、その鉄砲の雨の中を掻い潜って追う幻狼衆軍。

 通常撤退して行く側と言うのは脆く崩されやすいものだが、美濃島軍は短時間しか戦っていないので体力に余裕がある上に、作戦上わざと退却すると言うことが皆わかっているので、退却戦でも倒れる者は少なかった。

 しかし、



 ――だからこそこの偽退却は少しわざとらしいな。



 統十郎は走りながら笑った。


 そして、やがて美濃島軍は牛追平まで退くことに成功した。

 退いて行く中で倒れた者はわずかに十数名のみだった。


「そうか、ならば上出来ね」


 咲はにやっと笑った。


「よし、止まれ!」


 そう命令すると咲は馬を止めて返した。

 辺りは一面の野原である。



 ――騎馬を走らせるには絶好の地!



 咲は周囲を見回した。

 そして前方を見る。

 幻狼衆軍が鬨の声を上げて追って来ている。



 ――よし、かかった!



 咲が再び刀を抜いて宙に振り上げ、


「反転、かかれっ! かかれっ!」


 と大音声で号令した。

 咲が命令を二度言うのは珍しい。それほどこの一戦にかける思いが強い現れであった。


 号令一下、美濃島軍は雄叫びのように吠えると一斉に反転し、追って来た幻狼衆軍に襲いかかった。


 牛追平の広い野原、両軍が再び激突した。

 地響きが鳴り、刃の交わる音が天高く響く。

 両軍の白兵戦が展開された。


「ここまではうまく行きましたな!」


 半之助が咲の後ろで声を弾ませる。


「うむ、いいぞ、やはりこの地形では互角だ」


 と咲はやはり冷静に言ったが、



 ――うん? 互角……?



 ふと気になった。

 前方の戦場を注視した。



(奴ら……退いて行った私たちが逆に反撃に出たのに動揺している様子がまるで無い。どういうこと? はっ……まさか奴らは初めからわかっていて……?)



 咲の冷静な顔に、初めて一筋の冷や汗が流れた。



 ――だとすれば……? いや、そんなまさか……。



 そう考え込んでいた咲、


「殿、そろそろでは?」


 と言う半之助の声に我に返った。


「そうね」



(だが……わかっていたとしてもとにかく今は互角、むしろ見る限り旗色はこちらの方が優勢、いずれ私たちが押し始めるだろう。何の問題も無い……)



(この上で作戦通り騎馬隊を背後と側面よりぶつければ……必ず勝てるはず……! 恐れるな……)



 咲は天を見上げた。



 ――美濃島騎馬隊は天下無敵。その突撃に迷いは無し!



 ――そうでしょう、父上……!



 咲は視線を戦場に戻し、半之助に告げた。


「合図を鳴らせ」

「はっ」


 そして刀を振り上げると、自らに言い聞かせるように命令を下した。


「美濃島騎馬隊は最強だ! 騎馬隊出ろ!」

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