第50話 駒場又兵衛との戦い

 礼次郎は三歩ほど素早く飛び退いた。

 そしてその距離を保って駒場の目の動き、手足の先に集中する。



 ――心の皮を……剥け……



 礼次郎の意識が精神の深層に向かった。


 わずかな風の音、遠くで砂利が擦れる音、遥か遠く何者かの小声話……


 そして駒場の息遣いまでもが耳に入る。


「どうした? 怖気づいたか?」


 駒場が笑うと、鋭く踏み込んで左薙ぎを放って来た。

 それを読めていた礼次郎、回り込んで駒場の左側に飛んだ。


「何?」


 駒場は驚くも、すぐさま身体ごと回転させて刀を振り払う。


 礼次郎はパッと後ろに跳び上がり、橋の欄干に乗った。


 しかし速さも兼ね備えた駒場、すぐに稲妻の如き突きをそこへ浴びせて行く。

 礼次郎はまたも飛んで交わすと橋に着地し駒場の背後に回り込んだ。

 そしてその背へ上段から斬りかかるも、駒場の後ろ蹴りが飛んで来て礼次郎は後方に吹っ飛んだ。


 礼次郎は舌打ちし、後転して素早く立ち上がると、再び距離を取って駒場の動きを図る。


 すでに、真円流による感覚の覚醒で駒場の動きは大体読み切っている。

 だが隙をついて打ち込んでいくが、駒場の読みと動きもまた速く、全て受け止められてしまう。

 しかも駒場の力の強さに、数合打ち合うものの徐々に押され気味になった。


 たまらず礼次郎は飛び退いて間合いを取った。


 だが、彼の息は乱れ始めていた。



 ――くそっ、勝てない……! ぐずぐずしてると加勢が来てしまうと言うのに……。



 礼次郎の頬から汗が流れ落ちて、橋の板にポタッと落ちた。


「なかなかやるようだが、ここまでかね?」


 駒場が不敵な笑みを浮かべて距離を縮める。



 ――礼次郎がやられちゃう。



 後ろで固唾を飲んで見守っていたゆり。

 意を決し、再び短筒を取り出し、射撃準備をした。


 それを見た駒場又兵衛、


「ゆり様、無駄なことはやめた方がいい。何でゆり様がこいつと一緒にいるのかはわからんが、こんな狭い橋の上で鉄砲などを撃ったら、まずあなたとわしの間にいるこいつに当たる可能性の方が大きいのですぞ」


 と笑った。


「じゃあ礼次郎がこっちまで来ればいいのよ。礼次郎、こっちに来て!」


 ゆりが短筒を突き出して言った。


「む……」


 駒場の眉が動いた。

 礼次郎は剣を構えながら、


「ゆり、鉄砲をしまってくれ」


「え? 何で? 早くこっちに来てよ」


「いいからしまってくれ! 手を出すな!」


 礼次郎が怒気交じりに叫んだ。


「どうして……」

「相手が多勢ならそれも構わないが、これは一対一なんだ」

「何言ってるのよ! やられちゃったらおしまいよ!」


 ゆりが懸命に言うが、礼次郎は聞く耳を持たない。


 そのうちに、


「そうはさせん!」


 と、駒場が再び風を巻いて打ち込んで来た。

 礼次郎は真正面から受け止めるものの、剛力に刀が押された。受け止める腕に痺れが走る。



 ――確かにそうだが……それでもこの男に一対一で勝てないようじゃ、この先徳川家康、倉本虎之進を討つなどできるはずがない!



 幾多の激闘を経て、少年の頃に師の葛西清雲斎が注ぎ込んだ、剣士としての血が目覚め始めていた。


 そして再び数合、剣花を散らして打ち合った。

 だが、一見互角に見えるが、礼次郎が押され気味なのは変わりはない。


 打ち合いながら、礼次郎は駒場の力に押され、じりじりと後退して行った。

 そして橋から引き、ついに二の丸の敷地内まで戻ってしまった。


 礼次郎の足が砂利を踏み、その音が耳に入った。



 ――砂利……。



 駒場が気合い一閃、右上段からの袈裟斬りを放った。

 受け止めた礼次郎、その力を受け止めきれずに態勢を崩し、地に左手をついた。


 ここだ、とばかりに駒場が二の太刀を振り上げた。


 だが、その駒場の顔面へ、地についていた礼次郎の左手から砂利が投げつけられた。


「うっ!」


 まともに砂利を食らった駒場が顔を背ける。

 そこへ立ち上がりざまに礼次郎が下から斬り上げた。


「小賢しい真似を!」


 その動作が目に入っていた駒場又兵衛、受け止めようと刀を振り下ろしたが、



 ――膝だ!



 下から斬りあげるかに見えた礼次郎の刀は駒場の膝を斬り払った。


「ぐっ……!」


 駒場の膝から血が吹き出した。


 だが、流石は真田家中随一と謳われる駒場又兵衛であった。

 一瞬の間の礼次郎の動きを見ており、反射的に脚を引いていたので、刀が当たったとは言え傷は浅かった。


「やるではないか、だが残念だったな、この程度大した傷ではない」


 駒場はにやりと笑った。

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