第六章

1 ―都市―

 夜明け前から付近の村々を回って話をつけ、ハルがヤマトの村に帰ってくるころには既に砂漠は薄暗闇に包まれていた。

 抜け穴から建物に入ると早足で階段を下りる。

 音を聞きつけたのか、後ろからルウが追いついてきて声を掛けた。


「ハル」

「うん」

「言ってたヤツら、来たって。無表情でおかしなしゃべり方をする、同じような顔した三人組の男。変な車に乗って、隠してるけどたくさん武器持ってるの。スギとマサヤが、イズミの村から帰ってくる途中で会ったんだ」

「何か言ってたか?」

「それが、理由は何も言わないでさ、砂漠の警備をしている者だけど、昨日の夜から今日にかけて、変わったことがなかったか、だって。何もないって言ったら、すぐ帰ったって」


 ルウはそう言って、少し言葉を捜すような間を空け、それから続けた。


「あいつ……ユウキって言ったっけ」

「ああ」

「……そいつのことも、聞かれなかったし、スギとマサヤも言ってないってさ」

「そう」


 階段を下りきって、広い部屋に出る。

 ついてきながらルウは何か言いたげだったが、結局やめた。


 彼女は、ハルが地下都市で、「商売」以外のことをしているのを知っている。知った上で何も聞かない。村人たちも一部の人間を除いては、「計画」のことは話していない。ハルは彼らに何も言わないことで、村と都市の距離を守っていた。


 都市からおそらく一番近いこの村に、都市に害をもたらそうとする人間がかくまわれていると、知られてはいけない。そんなことがあっては、不干渉で保たれている都市と村の緊張した関係に、影響を与えていしまう。

 この村の人々の営みを混乱させることは、避けたかった。

 だから一人で行動した。から、ずっと。

 でもたぶん、今日明日で終わりだ。この村も混乱に巻き込まれるが、それはきっと、良い方向に――。


 広間の入り口で立ち止まったルウに、ハルは聞く。


「マリアは?」

「ずっと部屋に閉じこもったままだよ。返事はするけど、何か考え込んでるみたいだ」

「そうか」


 短く答え、ハルはため息をついた。

「ルウ……」

「なに?」


 呼びかけておいて、ハルはしばらく考える。

 マリアを励ましてやってくれ。

 その役目は、たぶん自分では無理なのだ。


「……なんでもない。マリアと一緒にいてやって」

「うん」

 まだ何か言いたそうな様子で頷いて、ルウは階上に消えていった。

 

 ルウを見送って、ピアノの蓋を開ける。

 白と黒の整然と並んだ見慣れた鍵盤は、心を落ち着かせる。


(思ったより早かった)


 都市の追っ手の到着だ。

 あの場所で、ハシバはトキタとともに死んだ。


 だがハシバが死んだいま、それでも都市のロボットたちが動いているという事実は、トキタの想像を裏付けるものだった。

 都市を操っていたのは、ハシバではない。


 そっと鍵盤に指を触れる。

 小さく鳴らしてみる。

 音が乾いているな。ハルはそう思った。







 最初は水が滴り落ちる音のように聞こえた。

 雨でも降っているのかと思った。


 そういえば以前にも、霧雨の降る夢を見た。ユウキは思い出す。

 不思議に思ったが、もしかしたら自分は本当に霧雨を感じたことがあるのかもしれない。トキタやハシバが言ったとおり、本当に二〇六五年から来た人間なら。


 起き上がる気力がわかない。

 体が熱を持っているようだった。


 ここはどこだろう。首をめぐらせて室内を見回す。黄ばんだ壁。色褪せた薄いチョコレート色の床。

 懐かしい音が、小さく遠慮がちに、沈黙の中に落ちてくる。

 やっぱり水の音みたいだ……。外で、雨でも降っているのだろうか。


 目を閉じてまどろみながらユウキはその音にしばらく耳を傾けていたが、ふと思い出して枕から頭を持ち上げ、再びあたりを見回す。


(この音……)


 トキタの部屋で、聞いた音楽を思い出す。ピアノと言った。

 あの音ではないか?


 ふいに、トキタの部屋に戻ったような錯覚に襲われて、ユウキは両手で顔をこすった。

 違う。室内には、やはりトキタの部屋にあったような色彩はなく、それどころか、ものというものも一切なく、自分の横たわっている申し訳程度のベッドらしき台のほかにはくすんだ壁と床があるのみ。

 コーヒーカップを手に、本に目を落としながら音楽に耳を傾けているトキタの姿は、そこにあるべくもなかった。


 まだギシギシと音を立てるように痛む体を起こし、ユウキは冷たい床を部屋の出入り口まで歩く。

 ドアのない入り口から暗い廊下を一度見やり、そのまま壁伝いに、ほのかな明かりの点る突き当りの部屋を目指して進む。

 音は、そこから聞こえているようだった。


 突き当たりの広い空間に出ると、黒い大きなものが見えた。ハルがその前に座って、小さく音を立てていた。そう、この音だ。


「ピアノ?」

 そう言うと、ハルが振り返る。


 黒い瞳に落ち着いた微笑を浮かべている。

「ごめん。起こしたかな」

「それ……」


 黒い楽器の上に、ハルが手を乗せた。

「これ? ピアノだよ」

「それがピアノか……」


 想像していた以上に、大きな楽器だった。

 沈黙が部屋を包む。


「ハル、弾けるの?」

「まあね。あんまり複雑なのは無理だけど」

「こういうの、知ってる?」


 記憶を手繰って、トキタの部屋で聞いた曲を口ずさむ。

 ほんのわずかな部分だけで、ハルは納得したように笑った。


「ベートーベンだね」ハルはピアノに向かって、椅子に座りなおした。「悲しみっていうんだ」

 つぶやくと、小さく息を整えて、楽器に手を置く。


 いくつもの音が重なって、部屋の空気が震えた。

 たたきつけるような激しい音のあと、流れるような旋律。

 悲しみか……。

 細かいトゲが、胸をつく。

 小さな痛みを感じながら、ユウキはその音色を聞いていた。







 音に誘われて再び地下のこの部屋の前までやってきて、マリアは足を止めた。

 階段を下りたところで、それ以上進むことをためらう。


 階下の広間に充満している空気の中に、自分は入っていけない。なぜか、そう思った。

 そのまま階段に腰を下ろす。

 ついてきたルウが、横に座った。


「マリア」

 ルウが声をかける。気遣わしげに。


「ハルがね、ここに来て初めてこれを弾いたときね」

「うん」

「びっくりしたんだよ」

「びっくり?」

「うん。すごく。村の人たちみんな。それでなんだかすごく、納得した気がしたの」


 ルウはいたずらっぽく笑った。

「この楽器は、この瞬間のために作られたんだろうなって」


 マリアは首を傾げる。


「それまでも村の人たちはここにこれがあるのを知っていたからね。ほかの、村に伝わっている楽器と同じように適当に鳴らしてた。だけど、ハルの弾く曲は違うんだ。なんていうのかな。箱にぴったり合う蓋が、やっと見つかった感じ。この楽器は本当に伝えたい言葉を持っていて、ハルの手を借りて、やっとそれを言うことができたんだ、そんな感じ。これを言いたくて、この楽器は作られて、ずうっとここでハルを待っていたんだって、その時思った」


 寂しげに、ルウは目を伏せた。

「ハルはこの楽器と同じところから来たんだ。でもそこにはもう、帰れないんだって。時々すごく、寂しそうな顔をする。ハルのいるべき場所は、ここではないのかな」


 ちくりと、針が胸を刺した。


「マリアも、帰る場所がなくなってしまったのか?」


 答えることができなかった。

 自分の帰る場所というのは、一体どこなのだろう。


 地下都市で「ユリ」と呼ばれたときから、漠然とした不安を抱えていた。徐々にそれは形を取り、都市を後にするころには、すべて分かっていた。

 「ユリ」の生活を、覚えている。しかしそれは、「マリア」を否定することなのだ。昨日まではたしかに自分のものだと思っていた、二〇六五年の生活を。緑の世界を、家族を、友人を。憧れを。


 紛い物なのだと分かっても、「マリア」を捨てるのは、身を切られるように痛かった。








「謝っておかなきゃならないんだけど……」

 長い演奏を終えたハルは、少しの沈黙の後、ピアノを見つめたままユウキに言った。


「昨日から謝られてばっかりなんだ」床に座り込んで、けだるい気分でユウキは答えた。「容量オーバーだから、手短に頼むよ」


 ハルは笑ったようだった。

「きみの教室に、あの端末を運んだのはおれなんだ」

「……え?」


 予想していない告白だった。

 手短過ぎて理解できなかったので、続きを促す。


「きみが不正にアクセスしたって言う。研究棟にあった端末を盗み出して、教室のと取り替えた。一年ちょっと前かな。当時はもう少し規制がゆるくて、授業のない時間でも自由に学校の端末を使えたから。端末が使えて、しかもおれがいても不自然じゃない場所は、あの都市では教室だけだろう?」


 ハルはすまなそうな笑い顔で、ユウキを振り返る。


「トキタさんの部屋からアクセスして、バレたら不味いと思ってさ。その後で規制が厳しくなったって言うから、とっくに教室から撤去されていると思った。ほんと、そういうとこ杜撰なんだよな、あの都市は。手がたりてないんだ」


「イプシロンを……なんで?」

「長くなるんだけど、いい?」


 やむをえない。


「トキタさんは――むかし、人間の記憶の研究をしていた。彼は、永い眠りの後も記憶を完璧に維持する技術を開発したんだ。前時代のコールドスリープ技術開発の、中心人物の一人だよ」


 彼はそんなにすごい人だったのか……。

 ただの気のいい、歴史学者のじいさんではなかったのだ。

 そして、ユウキの父親だった。


 二〇五〇から六〇年代、世界は核戦争勃発の危機に立っていた。一見平和に見える世界の、しかしどこかで常に、小さな紛争や小競り合いが起こり、次第に強力な軍事力がそこへと参戦し始めていた。はもはや、避けられないことだった。

 当時の国のお偉がたが考えたのは、戦争を防ぐ方法ではなく、どうやって人類を未来の世界に存続させるかだった。戦争後にやってくる核の冬を見越して、長い時間を安全な場所に閉じこもって過ごさなければならない。

 そこで開発されたのが、核シェルターで覆われた地下都市、コールドスリープ、地球脱出計画。少なくとも前の二つは実行に移されたわけだ。


「いい大人が何をって、笑っちゃうだろ。おれも耳を疑ったよ」

 切なげに、ハルが笑った。「でも、計画は成功しなかったみたいだね。少なくとも、コールドスリープに関しては。自動覚醒システムが働かなかったって、聞いている」


 地球に再び人間の暮らせる環境が戻ったら、覚醒システムは自動的に働くように準備されていた。だが、当時の開発者たちが想定した「人間の暮らせる環境」には、地球は戻らなかったのだ。


「スリーパーの存在や覚醒させる方法を知っている者はたぶん死んでて、起こす人間がいない。奇跡的に目覚めた最初の一人が、ほかの人間を起こした。数千人単位の数だったはずのスリーパーが、目覚めたときには数十人しかいなかった」


 その数十人の中に、ユウキとトキタとハシバがいたのか。

 もしかしたら、と思って、ハルの顔を見上げる。はるかな昔にも、この人と同じ時間を過ごしていたのだろうか。


「ハルも?」

「うん」


 こともなげにハルが答えた。


「生まれたのは、二〇五〇年。記憶にある最後は、六五年。知らない間に眠っていて、目が覚めたらこの世界だった。おれは、最初の人間が目覚めてから二十年も経って起こされたらしいよ」

「みんな同時に目覚めたんじゃないの?」

「違うみたいだね」


 ハルは首を横に振る。すべての人を同時に目覚めさせることはできずに、時間をかけて。目覚めた後でおかしくなってしまった者や、絶望して死を選んだ者もいたと言う。


「トキタさんは、きみのお父さんだけど、おじいさんと孫でもおかしくないくらいに歳が離れてしまった。きみよりもだいぶ前に目を覚ましていたんだ。あ、それで言うと、おれときみとはもともとは十歳くらい歳が離れていたはずだよな」


 混乱し始めた頭をひとつ振って、ユウキはハルに続きを促した。


「高校生だったんだ。後で聞いた話だと、おれの通っていた高校の生徒たちは、『未来に残す人材』として全員コールドスリープについたらしい。そんな計画があったこと事体、目を覚まして初めて知ったんだけどね」


 そう言って、ハルは目を伏せる。


「芸術だとか、コンピュータや科学技術だとか、何かそういう特技を持っている生徒たちの集まる学校だったんだよ。何百人って同級生が一緒に眠っていたはずなんだけど、だれも起きなかった」


 地下都市シンジュクの、最下層部で目覚めた、わずかな数のスリーパーたち。しかし、目覚めたその場所は、どういうわけか綺麗に整えられた『廃墟』だった。シェルターに眠らずに入ったはずの人間は、みんな死んだのか、出て行ってしまったのか。


「それで、ハシバたちは、そこに、新しい都市を作ろうとしたわけだ。ロボットたちを見ただろう。あの都市の廃墟を、目的もなく守っていたんだ。彼らはそれを利用して、砂漠に点在する村から子供たちを集めてきて、なんとか人のいる都市を作った」

「子供たちを、集めて?」


 思いついたことがあって、ユウキは思わず目を見張った。


「もしかして、あの都市には、最初から大人がいないのか?」

「そうだよ」


 とハルは薄く笑う。


「あそこにいた大人は、トキタさんとハシバだけだ。コールドスリープから目覚めた人間は、ほかにも何人かはいたんだけど、ハシバのやり方に反対してシンジュクを出て行ったらしい」


 ユウキは言葉を失う。それは、たしかに想像したことではあるが、まさかと思って深く考えてみなかったこと。あの地下都市には、もともとユウキの知っている「学校」以外の社会は存在しなかったのだ。


「だけどトキタさんにはきみがいたからね。きみの安全をたてに取られて、ハシバに逆らえなかった」


 トキタはハシバに命じられるままに、都市の子供たちの教育プログラムを作成した。だが、自分のプログラムの用途がそれだけでないと察したトキタは、ハシバの目的を突き止め阻止しようと考える。そして、目を覚ましたハルを協力者にするために、ハシバの目を逃れて都市から出した。

 そうしてハルとトキタは共謀してハシバの目論見を阻止する計画を立て――。


「あの端末は、何かハシバの行動や狙いが分かるような情報がないかと思って、盗み出したんだ。プログラムの用途とか、ハシバが具体的にどうやって新しい都市を作ろうとしているのかとか」


 ユウキは長いため息をついた。

「伝説のクラッカーは、ハルだったのか」


「伝説? しかも、クラッカーって? せいぜい一年ぐらい前の話だし、そんな大したもんじゃないよ。おれ、パソコンの操作に関しては、前時代の普通の高校生くらいの知識しかないもん。それに――」

 自嘲気味にハルは笑う。

「結局、あまり分かることはなかったんだ。本当の目的が分かったのは、最近だよ。自分の居場所から消える生徒たちが出てきた。入れ違いに、コールドスリープから覚醒したという人間が現れ始めた。あとは知っての通り」


 そう言うと、ハルは入り口のほうへと目を向けた。

「マリア……いや、ユリ、かな」


 いつの間にか、都市で会った少女がそこに立っていた。隣に立つ、背の低い赤い髪の少女が、ユリと呼ばれた少女を不安げに見つめている。


「そういうことなんだ。黙ってて、ごめんな」


 ユリはくるりと向きを変えると、駆け出した。

 階段を上っていく音がする。

 ユリの後を追うように、赤い髪の少女も駆けていった。


「……知ってて、黙ってたの?」


 責めるつもりはなかったが、気づいたらそう聞いていた。

 少し考えるような間があって、ハルは、それ以外の表情を思いつかないというように仕方なさそうに笑った。


「会ったばかりのヤツに、きみの記憶はニセモノだよって言われてさ、きみ、信じる?」

「だけど……」


 ユウキは言葉を捜すが、適当な返事を見つけることはできなかった。そんなユウキを見て取って、ハルはやはりまた薄く笑う。


「彼女が、本当の自分を思い出してそれに戻りたいと思ってくれるのが一番いいと思ったんだ。そうなるまで待つつもりだった。どう言ったって傷つけることになるんだ」

 ハルは自分こそ傷ついたような笑顔で、独り言のように続けた。

「でも、彼女にとって、『二〇六五年の思い出』は、想像以上にいいものだったんだな」


 エリやトオルの、過去を語る表情を思い出す。都市での生活にはないものだった。嘘かもしれないと思っても、その思い出の中に住み続けたくなるような。

 得意げなハシバの顔。彼がどんなにひどいことをしたのか、改めて実感が込み上げた。


 だけど、ハシバは死んだ。

 「覚醒者」たちは、どうなっただろう。エリは。トオルは、本来の自分を思い出すのだろうか。そして――。


 そこでユウキは、今まで思考から抜け落ちていたことに思い当たる。最高責任者というハシバが死に、もう一人の大人であったトキタも死んだ。それではあの都市は、これからどうなるというのか。

 それに、トキタとハルの言う、「計画」とは。三日後にはエリたちを助けに戻る。そう、ハルは言っていた。


 回転の良くならない頭で、記憶を思考を一生懸命整理しながら、ユウキは顔を上げた。

「これから、どうなるんだ?」


 ハルは、ピアノの白と黒の盤を見つめながら少し考え、それから言葉を落とした。

「都市の警備ロボットが、砂漠をパトロールし始めたらしいよ」

「……それって……?」


「うん。ハシバが死んでも、何かがあの都市を動かしている。いや……」ハルは首をひとつ、横に振った。「ハシバももしかしたら、利用されていただけなのかもしれない」


「何に……」嫌な予感がして、ユウキは唾を飲み込んだ。


「あの都市に」


 ハルは完全に笑顔を消して、言う。


「都市から人が消えた後も、都市のシステムは動き続けていた。そして、新しい人間を迎えて、命を吹き返した。だけどそれは、本当に、目を覚ました人間たちが都市を復活させて利用したってことなのかな」

「え」


「もしかしたら、都市が、目を覚ました人間を利用して、自分の機能を復活させたのかもしれない。トキタさんは、そう考えていた。……ユウキ」

 まっすぐに見つめられて、緊張する。

「去年のことを覚えているか?」


「え、……そりゃ、もちろん」

「おととしのことは?」

「まあ、……一応」

「その前は?」

「……」


 答えられなかった。覚えていないわけではない。しかし、記憶の底からはっきりと取り出して手に取ることができない。あいまいだ。

 そうだ、あの都市はいつも同じ時間が流れていた。

 新しいことは始まらないし、大きな事件も起こらない。

 毎日が同じ、繰り返し。


 一昨年よりも、去年よりも、背が伸びたはずだ。成長したはずだ。しかし、成長のどの段階で、何が起こったのか。まったくと言っていいほどユウキには記憶がなかった。


「じゃあ、二〇九八年を覚えてる?」

「え……?」

「きみは十四歳だったはずだ。二〇九七年は?」


 二〇九八? 二〇九七? 分からない。

 数字の並びに全く覚えがない。

 ハルの言わんとするところに気づいて、ユウキは目を愕然と見張った。


「おれの知る限り、あの都市は三年前からずっと二〇九九年を繰り返している。たぶんその前から……」

「そんな……なんで?」

「ハシバのやったことじゃないだろうな。毎年同じにする意味はないし、彼なら二〇六五年にするだろ」

「じゃあ、誰が」


 そう言いながら、ユウキは答えを予想していた。

 毎朝電気をつけると勝手に立ち上がる室内中の家電製品。同じニュースを流すテレビ。無人のマーケット。子供たちだけで動いていく都市。

 すべてのシステムを動かしているのは。


「都市の中枢システムは、二〇九九年で立ち止まったまま、街のすべてを動かしているんだよ」


 なんと言うことだろう。コンピュータを持った文明都市として機能している限り、あの地下都市は二〇九九年より前に進めないのだろうか。


「トキタさんとおれの計画は、初めから中枢システムを壊すことだった。それさえなければハシバだって好き勝手なことはできないからね。昨日のことがなかったら、ハシバのことは無視するつもりだった。破壊計画は立ててある。時間をかけて周囲の村の人たちに根回しをして、爆薬や武器を運び込んである」


 温厚そうな瞳に険しい色を浮かべたハルの言葉に、ユウキは目を見張った。


「都市の、中枢システムを、壊す?」

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