191豚 ギフト・サーキスタ③

「今度は正解だ。その宝石はデニング公爵家次期当主、スロウ・デニングからの贈り物ってやつで中には坊ちゃんが寝ずに練り上げた魔法が込められている。ちなみに魔法の中身は俺も協力した、だから俺も寝不足ってわけ。ふわー」


 杖の先端に近い場所に小さな宝石が埋められている。 

 アリシアは婚約者からの贈り物らしい蒼い宝石をまじまじと見つけた。異性の男の子から贈り物をもらったのは初めてだった。 


「見送りに来られないけど、坊ちゃんはかなりアリシア嬢ちゃんのことを大切に思っているよ。少し前まではデニングでの生活に慣れないシャーロットちゃんにかかりきりだったけどさ」

「シルバさん! そんなことないですよ! かかりきりなんかじゃなかったです!」

「そんなことあるんだよシャーロットちゃん 坊ちゃんはシャーロットちゃんにべったりで、デニングに生まれた者としての義務を大分後回しにしていた。でも最近はシャーロットちゃんがデニングの環境になれたようだし、少しはほったらかしてにしても安心ってわけ。だから今、坊ちゃんは今までの遅れを取り戻そうと必死なんだ」


 大きな欠伸を噛み殺し、若き少年は続けた。


「アリシアちゃん。その宝石は俺が言うのも何だかとっても貴重なものなんだぜ。俺がデニングの騎士になるにあたって公爵様より頂いたマジックアイテムよりも数段は上のもの、宝石に擬態させたマジックアイテム、つまり魔道具ってやつさ。サーキスタで換金すればそうだな。アリシアちゃんが好きなたっかくて綺麗なお菓子を一生分買えるぐらいの金になるんじゃないかな」


 アリシアは目を大きくして、まじまじと宝石を見た。

 お菓子一生分。 

 それはもしかすると、とんでもないものなんじゃないだろうか。

 馬車の外ではシャーロットがいいなーいいなーと声を上げていた。


「でもアリシアちゃん。サーキスタではそれが魔道具だって誰にも言ってはいけないぜ。両親に聞かれても、坊ちゃんに装飾としてもらったただの宝石だって誤魔化すんだ」


 アリシアはきょとんとして杖に視線を落とすのをやめて顔を上げた。

 どうしてだろう?

 折角貰ったのだから、両親に見せびらかしたかった。スロウ・デニングからすごい魔道具を貰ったなんて言えば、あの両親は狂喜乱舞するに違いないと思うのに。


「ダメだよ。デニングがそのレベルの魔道具を所持していると他国に思われたら厄介なことになる。ダリス王室にさえ秘密にしていることなんだ。だから頭のいいアリシアちゃんのことだ。分かるだろ? そんなものを杖に埋め込んだ坊ちゃんの気持ちが」


 アリシアははっとした。


「デニングがどれだけの力を貯め込んでいるは俺でさえも想像もつかない。坊ちゃんが言うにはどうもダリスの中だけじゃなく、デニングが持つ牙を他国にも秘密にしておく必要があるらしいけど、そういうのは俺には苦手な分野の話だから詳しくは知らねえんだ。……いやあ、よく考えれば俺ってほんとにデニングのことなーんにも知らねえんだな。まあ俺は平民だし、学もないから仕方ないか」

「大貴族! 大貴族ですデニングは! でっかいです!」

「そうだなシャーロットちゃん。デニングはでかすぎて、俺みたいな平民にはよく分からねえよ。だけどアリシアちゃん。坊ちゃんはリスクを冒して婚約者である君にデニングの秘密を譲り渡した。その意味をくみ取る程度には、頭があるはずだぜ」


 いつものヘラヘラした表情は既に無く、シルバの顔からは不真面目さが消えていた。

 幼い子供に向けるには余りにも鋭い眼光がアリシアを貫いていた。


「アリシア・ブラ・ディア・サーキスタ―――坊ちゃんの伴侶となるならば、君は将来多くの秘密を抱えることになる。坊ちゃんの専属騎士となって日が浅いこの俺でさえ、既にこの国の秘密を幾つか知っているんだからな。次代のデニング公爵の妻になる覚悟があるのなら、両親にだってデニングの秘密を隠し通さねばならない。つまりこれは君が秘密を守れるかのどうかの訓練ともいえるかもな」


 訓練。

 どこかデニング公爵家らしい言い方を聞いてシャーロットがピクンと固まったのがアリシアには何故か面白かった。

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