192豚 ギフト・サーキスタ④

「いや悪い悪い、アリシアちゃんはまだ子供だってのに少しばかり脅しすぎたな。坊ちゃんの婚約者ってことで俺まで少しナーバスになってるみたいだ。でもいいかい、アリシアちゃん。その宝石はアリシアちゃんが何かの事件や昨日の時みたいに何らかの窮地に巻き込まれた時、君を助ける魔法を込められているんだ」


 アリシアは見つめる。

 自分がデニング公爵領地に訪れた時はいつも相手をしてくれる優しい少年を。

 婚約者であるスロウ・デニングは今日のように急な用事が出来たからといってほったらかしにされることが多かったのだ。


「魔法の発動条件はたった一言。いやあ、随分と悩んだぜ。何せキーワードは俺が決めていいって坊ちゃんが言い出したからさ―――本当に随分と悩んだんだが、ようやく決めた。アリシアちゃん、こっちに耳を貸してくれ」」

 

 どことなくまだ似合っていないように思える赤いマントを着込んだ平民の少年。

 そんな彼に言われるがまま、アリシアは馬車に備え付けられた窓から身を乗り出した。


「坊ちゃんが言ってたよ。もしアリシアちゃんが坊ちゃんと結婚するなら、坊ちゃんの騎士である俺たちもアリシアちゃんをどんな時でも守ることになる。坊ちゃんの従者であるシャーロットちゃんよりも君を優先する」


 ちらりと外を見れば、小さいシャーロットが昨日アリシアが蹴飛ばしたあの木の枝をまだ持っていた。

 確かに杖によく似た形状をしているけれど、あれはただの木の枝だ。

 そんなものをシャーロットはさも大事なもののように持ち、かなり立派になってしまったアリシアの杖のことをいいなー、いいなーと見つめていた。

 アリシアは思った。

 シャーロットという子はスロウ・デニングの従者だけど、このデニングで生きているには似つかわしくない。

 生来の気質なのだろう、どこかほのぼのとしており余りにもデニングの風と似合わない。

 けれど、アリシアはこうも思うのだ。

 ―――羨ましいな。

 たぶん、この子だけはスロウ・デニングの一存で決まったのだ。

 自分の従者にすると、彼が自分の意思で押し通したのだ。

 それがアリシアにとってどれほど羨ましいことか、それがデニング公爵家にとってどれだけ有り得ないことか。


「スロウ・デニングの騎士である俺たちがを君を守る二本の剣となる。俺だけじゃなく、クラウドの旦那もな。ああ、まだアリシアちゃんはクラウドの旦那と会ったことがないんだっけ。……仕方ないか、旦那はある意味で坊ちゃんよりも忙しいもんなー。奇才は時に天才よりも重宝されるってやつだ」


 そんなシャーロットのことがアリシアにはとても嫌いにはなれそうになかった。

 アリシアの目から見ても、彼女はいい子だった。

 そんなシャーロットちゃんよりも自分を優先する。

 その言葉の意味は、まだ幼いアリシアには分からなかった。

 

「さて―――詠唱はシンプルなのが良いと思ったからたった一言で済ませることにした」


 今度デニングに来たときはシャーロットちゃんとたくさん話そうとアリシアは思った。

 あの子からスロウについての話を沢山聞こう。

 でも、その前にこっちの方が大切だ。


「ほらアリシアちゃん、俺って騎士だろ? だから―――詠唱の言葉はさ」


 ごにょごにょとアリシアの形のいい耳に一人の騎士から秘密の言葉が届けられる。

その時、天才剣士の耳が少しばかり赤くなっていた珍しい事実に気付いたのは小さなシャーロット一人であった。

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