116豚 D級冒険者ですが何か?前編

「わはははは!!! これがあの豚公爵かよ!!! さすがにこれは美化じゃなくてもう別人だろ! それにこの額何だよ! 太っ腹だな!」


 なんだこれなんだこれなんだこれ!

 都市ユニバースの至る所に張られている手配書にとある人物が描かれている。

 あいつが行方不明になったのは俺でも知ってるけど、まさかこの手配書が自由連邦の街にまであるとは思わなかった。

 ん? 

 誰の手配書だって?

 そんなの決まってる!

 スロウ・デニング、あの豚公爵!


「う〜可笑しいですわ! なんであいつがこんな有名になってるんですの!」


 隣を歩くアリシアは手配書に群がる女の子達を見るたびに歯軋りしながら唸ってた。 

 豚公爵が注目を浴びているのが気に入らないらしい。最初は嫉妬か? とも思ったけど、アリシアは妙に捻くれてるところがあるから分からなかった。

 それに触らぬ神に祟り無しといったやつである。

 こういう話題は無理に関係しないにこしたことは無いのだ。


「あいつはあのデニングの人間だし、さらにドラゴンスレイヤーだぜ? 北でもドラゴンスレイヤーって数人ぐらいしかいないらしいじゃん。噂では帝国が兵士を下げた原因の一つがドラゴンスレイヤーの誕生ってまで言われてるし」

「こらアホシューヤ! あの豚のスロウのお陰で帝国が兵士を下げるってそれこそ有り得ませんわ! あ・り・え・ま・せ・ん・わ!」

「はあ、さいですか」


 俺達が通っていた魔法学園を襲ったモンスター襲撃事件。

 その中でもとりわけ厄介なモンスター、龍を鮮やかに倒して見せた俺の同級生。 

 ダリスの大貴族、デニング公爵家の三男にして豚だったやつ。

 あのスロウ・デニングは龍を討伐し、英雄になってしまった。

 ほんと今でも信じられないわ。

 あの豚公爵がダイエットに励んでたのも知ってたし、今までの悪評を打ち払うべく頑張ってたのは知ってるけどさ。

 いきなりドラゴンスレイヤーって何ヨそれ。


「それよりもさ、俺たちこれからどうすんの? 無一文だぜ、無一文。冗談抜きで無一文だ。何であそこで勝てると思うかなー」


 都市ユニバースの一角に存在するカジノは噂通り強烈だった。

 煌びやかな光や裕福な服に身を包んだ人たちで溢れ、場の雰囲気に飲まれたアリシアは一瞬で無一文になり、俺からお金を借りてギャンブルに走る始末。

 まあ俺はアリシアに借金があるから拒否権なんて使えないんだけど……。

 そして俺から金を巻き上げた王女様プリンセスはというと……まあご想像の通りだ。短気なあいつにギャンブルの才能があるとはとても思えないって俺の考えは当たっていた。

 だけど景気がいいのか帝国が兵を下げたということで気が良かったのか、カジノ側は呆然とする俺達に数日凌ぐだけのお金だけは返してくれた。

 はあ……情けねえ。


「俺はこれから冒険者としてダンジョンに潜って稼ぐけどさ―――」

「―――アタシも冒険者になりますわ! ここユニバースはダンジョンが周りに沢山あるみたいですし! 冒険者になってざっくざっくお金を稼ぎますわ!」

「結局そうなるよなあ……。でもお前、まだ冒険者ギルドにだって登録してないんだろ?」

「うっ……それはそうですけど」

「ならもう国に帰れよ。一応、サーキスタの王女なんだろ? わざわざ冒険者になんかなることないって……あー、はいはい。悪かったよ……」


 アリシアがサーキスタに帰りたくない理由。それはサーキスタの有力者達との縁談の話を両親から帰省の度にとやかく言われるかららしい。

 サーキスタが王制から共和制になったのは今から5〜6年前だったかな。

 つまりアリシアやアリシアの兄妹が最後の王族。まっ、名前が残されたぐらいで権力なんてものはなーんにも持ってない。

 神輿を下ろされた名家、だけど金持ちとか有力者と結婚出来る様に名前だけは残してもらった哀れな王族。

 いきなり地位が無くなってアリシア達は右往左往。

 あの大貴族デニング家もサーキスタ王族との関係をどうするか最近、見直してるって噂を俺ですら聞いたことがある。あのデニングがサーキスタの王族と結婚したりしてた理由は軍との繋がりを作るためだったからな。今のアリシア達にはもうそんな権力は一切無い。

 境遇的には同情するけどそれを表に出したらアリシアはすぐ怒る。

 気持ちは分かるけど扱いにくい、そんなめんどくさい奴がアリシアなのだ。


「お前ってロコモコ先生の魔法演習の授業取ってたっけ。あの人、王室騎士になる前は冒険者だったみたいで授業中にダンジョンで役に立つ知恵とか色々教えてくれてたんだよ」

「うっ……取ってませんわ……」

「だよなあ、一度も授業被らなかったし……ほら、そんなお前のためにこれ見てみろよ。F級冒険者が受注出来るクエストなんてこんなもんだぜ? しょぼいダンジョン一階層のスライムぐらいが堰の山。それが現実だって」


 アリシアに一枚の紙を手渡す。

 多分こういう流れになるだろうなあと思って、先ほど冒険者ギルドに寄って来たのだ。一応、先輩冒険者としてF級のクエストがどんなものか教えてあげないとな。

 アリシアは食い入る様にクエストを見てる。

 えーと、どれどれ。

 F級ってどんなのだっけ。


【F級冒険者用討伐クエスト:スライムお触り報奨金500ヱン】

【冒険者に成りたての諸君。いきなりダンジョンの奥に潜ろうなんて考えちゃいけないよ。ダンジョンは危険な場所だからね。まずはダンジョンの入り口近くにいるであろうスライムを触ってみよう。ぬるっとした感触を味わえば、君もダンジョンの仲間入りだ!】


 懐かしいなー。

 そうそう、F級それも新米なんてこんなもの、でも初めて見るモンスターにビビってこんなクエストでも達成出来ない人って結構いるんだよ。

 俺もダンジョンに始めて潜った時はおっかなびっくりだったなー。

 さて、アリシアはどうかな。


「な、何ですのこれ! 500ヱン、500ヱンって子供のお小遣いですわ!」

「……あ。そっち?」


 怒りで紙を丸めて地面に叩きつけていたお姫様プリンセスがそこにいた。

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