97豚 風の神童は帰還する エピローグ

 ゴロゴロと緩やかに坂を下り続ける馬車が一台。

 その中ではふかふかの台に座った二名がぶらり馬車の旅を満喫しつつ、何やら言い合っていた。


「いや、絶対違うって! 勘違いだろ!」

「こらシューヤ! 何を言うんですの! だって、あいつはブレイディって言いましたわ! これを見なさい!」


 白い清楚なブラウスを着た亜麻色の髪の女の子。

 今日はオフ! と言わんがばかりに普段の髪型、縦ロールとはうってかわって髪を下ろしている姿は見るものが見ればとても新鮮に思うだろう。

 サラサラの髪と細くて華奢な身体。

 その姿は深窓のお嬢様といって何の問題もないのだが、小さな子猫のようにうがーと唸る姿はそれはそれで異なる魅力を醸し出していた。

 そんなサーキスタのお姫様プリンセスはごそごそとスカートのポケットに手に入れ、前に座る赤髪の男の子に見せた。


「ほら! これを見なさいですわ!」


 少女の手のひらに乗せられていたのは包み紙に入れられたお菓子だった。

 だが、シューヤにはそれが一体何のことだか分からず少女を見返した。


「これが何なんだよ」

「サーキスタで最近が出てきた洋菓子職人が作った最新作のお菓子ですわ!」

「だから何なんだよ」

「ブレイデーっていう名前なんですわ! ダリスでこれを食べてたのはアタシぐらいのものってことです!」


 アリシアは力説した。 

 だから、それが何なんだよと言おうとして、シューヤははっとした顔を見せた。

 

「……え、うそだろ! 俺、豚公爵、あの従者さんのことを言ってると思ったんだけど。そういうことだったのか!? あれってお前のこと言ってたのかよッ!?」


 アリシアは頬を染めて、パクンとお菓子を口に放り投げた。

 もぐもぐごっくん、何やらご満悦な様子だ。


「でもさあ……やっぱりお前の考えすぎじゃないか? お前にそんな隠れた正体とかあるのかよ」

「はぁ……ほんとに困っちゃいますわ……あの馬鹿。一体、何を考えているのかしら……婚約は解消されたってのに……ほんと馬鹿……でも、アタシの最近好きなお菓子も知ってるなんて、……あ、これはあれですわ! ストーカーですわね!」

「……聞いてないし」


 あいつバカねー、バカねー、ほーんとバカねー、キャーと呟きながらブレイデーなるお菓子を食べるサーキスタのお姫様。

 食べ終わったら黙り込み妄想空間に入り込んだアリシア。

 口を開かなければ超絶可愛いよなこいつ、と呆れた顔でシューヤはアリシアを見つめた。

 そんなお姫様は今はどこからか取り出したとある人物の手配書をじーっと見ている。最近はずっとそれなのだ。


(まぁアリシアと豚公爵って元婚約者同士って言うし……そういうもんなのかな。てか豚公爵……もうダリスの英雄なんだよなあ。水の豚騎士さんもあいつ作だって言うし、一言お礼も言いたかったけど……どこに消えたんだろうな……)


 シューヤはシューヤであの戦いを見てしまってからは自分も強くなろうと思ったのだけど。


「うしし」


 彼もまたアリシアと同じようにポケットから何かを取り出した。

 可愛らしいクマさんが掛かれた一枚の手紙だ。


「うしししし……俺もモテるようになったんだなあ。はー、早く長期休み終わらないかなあ。キャロたんキャロたんキャロたーん!」


 助けたメイドから恋文をもらったのだ。

 ボロボロになった学園を元通りにするためにかなりのお金が投入されるらしく、キャロと名乗ったメイドは長期休暇中も学園に残り色々とお仕事をするらしいいのだ。

 それなら俺も残る! お金が出るなら働きたい! とシューヤは考えたのだがどこかに遊びに行くらしいアリシアに捕まったってしまったのだ。


「それにしてもアリシア。俺たちは一体、どこに行くんだ?」

「自由連邦のカジノですわ。お金をもっともっと増やすんですわ。それでシューヤ、貴方はアタシの荷物持ちなんですわ」


 アタシはギャンブルの才能があるんですわーとのたまうお姫様を見ながら、あのギャンブルなら俺も勝ったんだけど……、と、シューヤは思う。

 学園でこっそりと行われていたギャンブルは、アリシア達の壮大な勝ちに終わった。

 豚公爵が更生したか? なんて問われるまでもない。

 彼はもう、英雄だ。


「……もういい加減解放してくれ……」

「ええと、今のシューヤの借金は―――」


 ひー、止めてくれーと燃えるような赤毛の少年は頭を抱えた。

 どこまでもほのぼのとした旅道中だった。



   ●   ●   ●



「……う、うぅ……」


 デッパの意識は深い闇の底から抜け出しつつあった。

 昔、病で何日も寝込んで起きた時と似た感覚。

 気持ちが悪いと吐きそうになりながらも、真っ暗だった視界が徐々に光で覆われる。


「ちょっと静かにしたまえ君。無賃乗車する予定なのだから私達は……それよりも喋ってはいけないよ、君は大怪我をしている。死にたいのなら別だがね」

「―――え、カハ」


 暗闇に隠れるようにして、青みが掛かった長い白髪の男の姿が見えた。

 壁にもたれるようにして、こっちを見ている。

 彫刻のような彫りの深い顔、冷たい瞳、痩せた身体、病的な美を醸し出している男だった。

 片足を立てて座り、黒革のジャケットを羽織りへばっている自分を見ていた。


「突然、変な匂いがしてね。我を忘れて君を殺しかけてしまったようだ」

「え……グ……」

 

 激しく焼けるような痛みが身体の中心からデッパを襲った。

 身体の至る所に包帯が巻かれている。

 デッパは悶えながら自分が今、どこにいるのか確認しようともがいた。

 倒れこんでいるデッパの周りには幾つもの四角い箱が重なり合っている。

 びっちりと詰まれた大量の箱に挟まれて出来た、不自然な隙間に彼はいた。


 大地は揺れるガタガタと。

 幾列にも置かれた箱の向こうからは話し声や僅かな明かりも感じた。


(ここは荷車の中……? 今も荷物が積まれているということはどこかの町? ……何でこんな場所に僕はいるんだろう……それに学園は……ええと、モンスターが沢山やってきて…………あと、この人はダレ……あ、やばい……これ……ダメなやつ、だ……)

「死ぬ前に一つ聞かせてくれないか。あそこはクルッシュとかいう魔法学園だった筈、ならば暴走してたとはいえ私に傷をつけられる君が誰なのか考えるまでもないのだけど」


 黒いジャケットを脱いだ男は左腕に巻かれた包帯を見せた。

 冷たい瞳で射抜かれる。

 亡霊のように雰囲気が薄い人だ、と薄れる意識の中でデッパは思った。


「君は墜ちた風の神童、スロウ・デニングだろう?」


 デッパはたらりと汗を流し、乾いた笑いを零す。

 そして、小さな声で違いますと答えた。

 確かに身長は近いかもしれないけど、全然違う。


「……何てこった。では君は何者なんだい?」


 律儀にも名乗ろうとして、デッパは再び意識を失った。

 死んだかのように眠る茶髪の少年を見て、闇に紛れる男は溜息をついた。


「南方の人間はひ弱だな……それにしても堕ちた風の神童。帝王からの暗殺者を見事退けてみせた君と一度、仕合ってみたいと思っていたが……私には私の仕事がある―――」


 荷物に背を預けて座る彼を表す異名は数え切れない程存在する。

 単独踏破、呪術極めし者、帝国の英雄、歩く亡霊といった北方では知らぬ者はいない伝説と共に彼の名前は語れられるが。

 やはり、彼の名を表すに相応しいのはあれしかないだろう。

 帝国が抱える最高戦力、三銃士の一人たる―――。

 ―――虹色の死霊王リビングデッドは呟いた。



  ●   ●   ●



 騎士国家ダリスと皇国の国境周辺。

 風の神童は夜を待ちながら草むらの中で一人、一冊の本を読んでいた。


「オーク語も練習しないとぶひ。皇国に侵入する時、俺はモンスターだしなぶひ」


 モンスター大全と書かれたそれには様々なモンスターの姿と特徴、習性等が書かれている。彼はページを次々と捲りながら幾つかのモンスターに当たりを付けていく。

 当然俺はオークさんだけど、シャーロットと風の大精霊さんは……等と一人でぶつぶつ呟きながら不意に顔を上げた。

 ふと思ったのだ。


「……そう言えばあいつっていつ、南方入りするんだぶひ? そこら辺の時間軸分からないんだよなあぶひ」


 今度、自由連邦で起こる反逆の大怪盗さんと帝国の三銃士とのバトルのことだ。

 これまたシューヤの覚醒イベントの一つだが、彼はもうその辺割り切っている。

 シューヤ、お前も主人公なら自分で頑張れと。


「……頼むから―――」


 帝国から密命を受けて自由連邦に向かう三銃士の一人を思いながら、風の神童は呟いた。



   ●   ●   ●



「―――震撼してもらうぞ反逆の自由連邦。貴様らの盗人が何を奪ったのか、国の身を削ってあがなってもらう。我が名はドライバック・シュタイベルト。虹色の亡霊となりて蘇り、貴様らの国を滅ぼすものだ」

「―――俺がそっちに行くまでは暴れないでくれよ、虹色の死霊王ドライバック・シュタイベルト」

 

 世界に向けて吹聴する帝国の最高戦力。

 虹色の死霊王リビングデッドは意識を失った茶髪の少年を抱えると、荷物を蹴り飛ばして荷馬車を降りた。

 目的地は自由連邦だが、別に最速で着く必要も無いだろうと考えたのだ。

  

「やれやれ、全く……手の掛かる少年だな―――おおい! この辺りに病院は無いか!? 怪我をした子供がいる! 厄介なモンスターに襲われたらしく死にかけているんだ! 誰か手を貸してくれないか!」


 舞台は、ダリスから皇国跡地へ移りゆく。

 滅ぼされし国で彼らを待つ者は人間ではなく多数のモンスター。

 けれど、彼女はもう恐れを抱かない。

 例えどれだけのモンスターに囲まれても、隣にはとっても頼りになる男の子がいるのだから。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る