81豚 戻るって約束したからな

 アルル先生や傭兵ナタリア達を無事捕まえたと聞いた後、シルバは急いでカリーナ姫を安全な場所に連れて行くと言ってどこかに消えた。

 ついでに今後の王室騎士団の動きも確認してくると言っていた。

 相変わらずの有能っぷりは気持ちがいいぐらいだな。

 

「何で止めるんだ! 俺達を魔法学園まで行かせてくれ!」

「町を守ることが務めだからだ!」


 森の街道への入り口からちょっと離れた場所から、せめぎ合っている彼らのやり取りを俺は見ていた。

 ここがシルバとの待ち合わせポイントなのだ。

 それにしても今、森の街道を行くのは自殺行為だぞ。

 森の中を進む街道にはモンスターがうようよしていて、馬に乗っていても止まってしまったらイコール死みたいな状況なのだ。街道超えを果たした俺が言うのだから間違いない。

 少なくとも王室騎士ロイヤルナイトぐらいの力を持ってないとな。


「ひひひひーん」

「お前もさっきの魔法で回復したか、よかったな。だけど魔法を使った俺を回復してくれないってのはひどい話だよなー」


 カリーナ姫を助けるために力を込めたヒールがとんでもない事態を引き起こしてしまったのだ。

 何と水の魔法ヒールは治癒の雪となりました。

 何を言ってるのか分からないかもしれないが、俺もいまいちよく分かってない。 

 多分、ヒールの余波が雨に染み込んで治癒の雪に変化したって所だと思うけど。昔、どこかの国で同じような現象が起きたって話も聞いたことがあったし。


 とんでもない魔力を籠めると、ヒールは治癒の雪になる。

 頭の中にメモしておくか。

 それと起こした魔法の後始末については、光の精霊に頼み光の大精霊の仕業ということにしてもらった。

 さすが規律の取れた光の精霊。

 例え本人がおらずとも、光の大精霊がこの場にいればどう判断するかは皆分かっているらしい。風の精霊やアルトアンジュとは大違いだな。


「それにしても黒龍ねえ。そういえば街道超えの最中に空の上を行く強い気配があったけど……まさか香水の匂いで長い眠りから覚めたとか? 笑えねえ……」


 空の支配者たるモンスターの名前を聞いた時はさすがの俺も自分の耳を疑ったぞ。


「ドラゴンって言ったらアニメでも結局戦うことの無かったし、確か魔王もびびってたモンスター……やっぱり体力の回復を待っている場合じゃ無さそうだな」


 だけど領館に詰めてた王室騎士達が敗れさったという現実と、龍という存在を照らし合わせると奇妙なほどにすんなり納得できた。

 王室騎士団が負けるなんて龍か三銃士クラスの強者以外には有り得ない。

 はぁー。

 次から次へと問題が発生する。

 全くどうしてこうなった?

 しかし、一番の問題は―――。

 

「ていうか何で俺、こんなに痩せてんの? 特大ヒールを使った後に気づいたけど、デッパの制服がちょうどいいぐらいにまで痩せてるって異常だろ…………あ、そういえばロコモコ先生も俺を見て可笑しな顔をしてたしな……まさかそういうこと?」


 街道に詰める町の人達の中にはデッパの両親もいたのだ。心配だった彼らはデッパの制服を抱き締めてここにやってきており、だぼだぼの制服を着ていた俺にデッパの制服をくれたのだ。

 胸に緑のラインが一つ入った平民用の制服。

 サイズはピッタリ。

 正直言って意味不明である。

 何故、こんな急に痩せたの? 

 ダイエット業界に革命が起きそうな事案だよこれは。


「幾ら考えても今は答えが出なさそうだし……悪いけど俺はもう行くぞシルバ。王室騎士達を待ってる時間は無さそうだ」

「ひひひひーん!?」 


 白馬に跨ろうとしたその時、聞こえてきたのは魂を振るわせるかのような咆哮だった。


「グルウウウウウアアアアアアウウウウウウグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアグギャアアアウウウウウウグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「ぶひい!? 何だ今の声!?」


 己の絶対的な力を誇示するかのような遠吠えだ。

 森の中からこちらの様子をうかがっていたモンスター達が恐怖のあまり飛び出してきて、街道の上で押し問答を続けていた兵士や町の人々との間で戦いがまた始まった。

 ……威圧の咆哮、紛れの無いドラゴンの叫び声。

 こんな所でぐうたらしてる暇は無さそうだな。

 幸いにも白馬はドラゴンの咆哮にびびってない。

 これならいける―――。


「―――スロウの坊っちゃん! 待って下さい!」


 振り返ると馬に乗ったシルバがいた。


「シルバか! 王室騎士団は…………ってはぁ、予想通りか」


 けれどその背後には誰もいない。

 俺はふうっと息を吐いた。

 まあ何ていうか何となく、そんな気はしていたのだ。

 マルディーニ枢機卿は選択したのだ。

 カリーナ姫の守りに全力を尽くすことを。

 それにドラゴンが学園を襲っているという確証はないし、ドラゴンがまたこのヨーレムの町に戻ってこないという保障もない。王族命なマルディーニ枢機卿の考えそうなことだった。

 王室騎士は派遣されない。

 ただ、それだけが事実として存在する。

 

「シルバ。一人でも俺は行くよ。姫様をちゃんと守ってやれぶひぃ」

「スロウの坊ちゃん、死ぬ気ですか……って、え? 最後何て言いました?」

「ああ、これか。これは神聖なるオーク語だ。豚だった時にいつの間にかそんな癖がついたことをシャーロットから教えられた」

「それは何て言うか色々と台無しっすね……」


 何だと! 豚語ならぬオーク語は神聖な言語なんだぞ!

 ぶひー……ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃ!

 

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