505豚 電光石火

 巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの周りには荒野が広がり、冷たい風が吹き荒れていた。荒野を森や山脈が取り囲む巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルは自然の要塞と言ってなんら問題がない。


 荒野の地面は凍り付いており、寒さは身にしみるほど。

 その中で、俺の視線の先で二名の騎士が倒れていた。奴らは鎧を纏い槍を手にしていたが、その武器も今は役目を果たさず地面に散らばっていた。


 彼らの表情は凍りついたように硬く、もう動く様子は見られない。


「ああ、あああああああああああ! そんな! そんな馬鹿なっ!」

 ――そして発狂する男が一人、見える。




 この世で最も力を持つ国は?

 そんな問いを誰に投げかけたって答えは変わらないだろう。


 大陸を半分支配するドストル帝国だ、誇張なくドストル帝国は世界の半分を手にしている。そして、そう答えない者はこの世の理解が間違っている。


「――狙うなら、私でしょう!? なぜ、彼らを! ああああそんな、そんな、そんな!」


 じゃあ何故、ドストル帝国があれ程強大な国土を獲得し、維持出来ているのか。

 そう聞かれれば、大勢が闇の大精霊の存在を上げるに違いない。


 特に南の人間は帝国についてよく知らないからな。

 あの国の特徴は人間ではない超常の存在、闇の大精霊が牛耳っているってところだ。

 ダリスだってサーキスタだって、超常の存在と呼ばれる大精霊が後ろ盾になっているが、ドストル帝国は何から何まで闇の大精霊が全面に立ち、その手腕を奮っている。


「あ、ああ……そんな……殿下が育て上げた兵なのですよ…………殿下が自らの手で……そんな……こんな序盤で……卒業生がサーキスタで命を落とすなんて……あ、ああああ……ああああああ! あってはならない!」


 世界に散らばる理不尽な力の化身。大精霊と呼ばれる存在は北方に1つで、他は全て南方に散らばっている。どうして数の偏りが起こるのか。


 それは大精霊の中でも、闇の大精霊が卓越した力を持っているからだ。

 長い歴史の中で、大精霊同士の衝突は確かに幾度も行われてきた。最も多いのは、シューヤに取り憑く火の大精霊エルドレッドかな。


 火の大精霊エルドレッドは闇の大精霊と何度も命を削りあい、そしてまだ一度もあいつは勝てていない。火の大精霊エルドレッド、あの逝かれた戦闘狂でさえ敗北の味を感じさせられない絶対強者が支配する地から、ドストル帝国から逝かれた奴が南へやってきた。

 

「わ、私のせいではない…………殿下……私の犯した罪では……! こんなこと、予想できなかった。南の地で……」


 ガガーリン――奴の名前を、その正体を俺はよく知っていた。


「殿下と同じ……魔法を扱う人間がいるなんて…………」


 奴がドストル帝国から連れてきたのだろう男が二名、サーキスタの大貴族、タイソンの城付近で大地の上に横たわっている。俺の背後ではギャリバーが、何が起きたのか理解していない様子で――目を瞬いている。


 ふう。

 俺は内心で方針を変えた。

 今の攻撃が見えないから、ギャリバーは対帝国の戦いでは大した役に立たない。己の限界を超えるような修羅場を二、三は超えてないもらわないといけないかもな。

 そしてその修羅場は既に始まっている。


「私は、殿下のために全力を尽くしている……! だがこのような失態、殿下に知られるわけには……私の目の前で卒業生を、殿下の直属を二名も失うなんて……何たる失態……」


 半狂乱になりながら、ガガーリンが叫んでいた。奴が忠義を誓うドストルの王族に向けて、許しを求めていた。普段は取り繕った表情しか見せない男が、一才の余裕をかなぐり捨てて全身全霊で感情をあらわにしていた。ガガーリンの外面にはもう、少し前に俺たちを殺そうとした強者としての仮面は存在しない。


「…………」

 

 じゃあ何故、このような事態となったのか。それは俺が――ガガーリンを狙ったと見せかけた攻撃で、あいつの部下二人を殺したからだ。

 ……いや、ちょっと解釈が違うか……。あれはそう……ガガーリンの後ろにいた二名の男は部下じゃないか。そうだな、あいつが帝国の王族から預かった大切な人材ってやつか。

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