463豚 都合よくはいかないもんだ

 俺が知っている冬楼四家ホワイトバードの人間は、実はそれ程多くない。アニメの中でもサーキスタの戦力で注目されていたのは、湖の騎士エクスが主だったしな。


 アニメの中では冬楼四家ホワイトバードの面々は部隊を指揮する指揮官といった扱いで、シューヤと絡む回数も少なかった。アニメよりは、むしろ俺の実体験として記憶している冬楼四家ホワイトバードの方が多いくらいだ。といっても、俺が何度かアリシアの婚約者としてサーキスタに出向いた、幼い頃の思い出ばかりだけど。


「スロウ・デニング! お前が再びサーキスタの地を踏むと聞いて、俺達がどう考えたか分かるか――!」


 激昂している冬楼四家ホワイトバードの一人が、杖を指揮棒のように振るう。そこから生まれるは、細い水の流れだ。


「――お前の存在が、アリシア様をッ! 蝕んだ! 俺はあの頃のアリシア様をよく知っている!」

 水流の先が向かうは俺って考えると、軌道の動きは想定出来る。

 まるで、しなる鞭のようだった。うん、それが一番しっくりくる。うねる水の束は、人間の手首ぐらいならすとんと両断出来る威力を持っているだろう。

 しかしだ。魔法使いとして、綺麗すぎる。


「そんなお前が……再び表舞台に出てくると聞いた時は、ダリスの人選に呆れ果てたものだ! あのスロウ・デニングに、何が出来る! お前はただ、魔法の才能だけ与えられた幼稚な――!」

 威力を高めることのみを追求した水の魔法。その切っ先は俺が掴めるだけの細さにまで調整され――つまり、具合がいいってことだった。勿論、素手で掴んだわけじゃない。魔法には、魔法。水の魔法には、水の魔法ってことで。奴の魔法を掴んだ俺の両手は、魔法によって強度が高められている。

 生み出された水流は、逆方向の力を加えられたことで呆気なく霧散した。 


「生意気なガキが! だが、次はそう上手く行くかな、デニングのクソ野郎!」

 俺が相手にしている一番手の騎士は経験がそれほど豊富じゃない。今の魔法にしたってそうだ。工夫すべき点は幾つもあった。

 だけど、まだ小手調べだろう。

 冬楼四家ホワイトバードがこの程度とは思っていない。

 見た感じ、まだ俺とそう年齢が変わらない。

 サーキスタにも、クルッシュ魔法学園と同様な魔法学園が幾つもあると聞いているから、そこを卒業していく年も経っていないだろう。


 しかし、怒ってるなあ。俺の存在自体が気に食わないようだ。まあ、冬楼四家ホワイトバードなら当然か。騎士国家ダリス王室騎士ロイヤルナイトが光のダリス王室を敬愛しているように、彼らもまたアリシアを中心とするサーキスタの王室に忠誠を誓っている。

 俺が加害者で、アリシアが被害者。この立ち位置は、未来永劫変わらない。


 名前も知らないあの騎士は再び水の鞭を再構成。さっきと違う点は、水に淀みがある点か。

 水と闇の二重属性ダブルマジック――迂闊に触れれば、毒が蝕む。だけど、あの程度じゃまだ恐れるに足りない。あいつよりも怖いのは、あいつの後ろに佇むライアーの爺さんを筆頭にした熟練の冬楼四家ホワイトバード

 奴らは若手騎士を動かせて、俺の隙を待っている。


 現実は上手くいかないもんだ。もっと恰好よく、ファナ殿下をこの場から連れ出せれば良かった。だけど、犠牲者を出さない戦い方は難易度が高すぎる。犠牲者を出せば、ファナ殿下を連れて逃げ出した所で結果は大きく変わらないからな。


 ……さて、何処どこから逃げ出すか。

 今俺達がいる場所は、巨大な湖の上に存在する陸の孤島だ。湖を囲むように大国サーキスタの領土が存在し、孤島とサーキスタを繋ぐ橋が唯一の逃げ場と言っていい。

 ……だけど、さっきから嫌な気配を感じるんだ。

 奴らの背後、橋がある方角で強い自己主張を行う魔力のうねり。

 間違いなく、湖の騎士ブルーバードエクスがあそこにいる。橋の上から動かない理由は……分からない。

 余裕を気取っているのか、俺が弱まる先を待っているのか。

 ……奴と鉢合わせすることだけは避けたかった。


 理由は単純な話。

 湖の騎士ブルーバードエクスは、鍛錬を重ねて火の大精霊エルドレッドの力を自由に引き出すことが可能な未来のシューヤと同等の力を既に持っている。


 自分の実力は、よく分かっているつもりだ。

 この世界には、俺よりも余程強い奴らが何人もいて、湖の騎士ブルーバードはその一人。湖の騎士ブルーバードエクスと戦えば、俺が死ぬ以外の未来が見えなかった。

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