【外交官ナーゲラス視点】459豚 ファナの嘲笑

 武装した男たちが、ファナ・ドストルを取り囲むように現れた。

 従えているのは――青き軍服の上に、白い小鳥が描かれた軽鎧を纏う騎士、数人。

 

 ナーゲラスもよく知る、名家――冬楼四家ホワイトバード

 サーキスタにおいて、古くより国家を支え続けた忠臣として広く知られる名家。

 傑出した力を持つ彼らは、騎士国家ダリスにおける王室騎士ロイヤルナイトのようなもので、いつの時代もサーキスタ最強の人間。

 巨大な湖すら凍らす力の持ち主、湖の騎士ブルーバードとは、彼ら冬楼四家ホワイトバードの中から選ばれると決まっていた。


 武装兵を率いる冬楼四家ホワイトバード、最も年を重ねた白髭の老人が、声を張り上げた。年齢に見合わない、活力に漲る声。


「――動かないで頂きたい! 我々は、諸君らに何ら気概を与えるものではない! ただ素知らぬ顔で、綺麗ごとを述べるこの娘へ、伝えたいことがあるのだ!」


 冬楼四家ホワイトバード筆頭、ライアー老――ナーゲラスがサーキスタ要人の一人と考え、外交の中で何とか顔を繋げたいと考えていたご老人だ。

 常であれば威厳たっぷりの老公の顔には、血管が浮かび上がっている。


「こちらを見てもらおうか――!」


 ライアー老が、何かを高らかと掲げてみせる。

 それは軽鎧であった。彼ら冬楼四家ホワイトバードが着込む軽鎧と同じもの。ただ、違いがあるとすれば、血まみれであることだろうか。


「持ち主は、リオット・タイソン! タイソンを継ぐべき、私の孫だ! しかし、リオットの魂は、もはやサーキスタに戻ることは叶わず!」


 ドストル帝国の使者を向かい入れる、歓迎と平和の式典であった筈だ。


「ドストル帝国が遣わした平和の使者は、偽りであった。ファナ・ドストル! 聞こえの良い言葉で、我々を騙すその心意気、買ってやるッ!」


 無論、ナーゲラスだって、小耳に挟んでいた。

 彼も一端の外交官として、サーキスタに到着後、無為に遊んでいたわけではない。情報を探り、今日という日に備えていた。ドストル帝国からの客人には、サーキスタの若手貴族が接待を志願し、行動を共にしていたという。

 

「ドストルから送り込まれた要人は彼女一人。従者を釣れることもなくたった一人で彼女はサーキスタへやってきたのだ! 我々は怪しんだ、何故、ドストル帝国は年端も行かぬ少女をサーキスタへ送り込んだのか――故に私の孫を筆頭に、未来ある冬楼四家ホワイトバードの若者に彼女の世話をさせ、行動を共にさせたのだ――」


 しかし、その結果が血だ、と。

 冬楼四家ホワイトバードの重鎮が、ナーゲラスが見つめる先で叫んでいた。


「ファナ・ドストル、何故、リオットを殺す必要があった! リオットは、タイソンを継ぐべき輝かしい未来を持つ、私の家族だ!」


 しかし、しかしだ。考えれば、考える程分からない。

 続々と会場に増える兵の数。


 このタイミングで、冬楼四家ホワイトバードはエデン国王は何を考えている。ナーゲラスは事態の変化に肝が冷える思いで、それは周りの誰もが同様のようだ。

 何故、サーキスタ側は彼女が殺害の犯人だと決めつけている?


 あり得ないといえば、彼女もそうだ。

 武装した男たちに取り囲まれながら、ファナ殿下は顔色一つ変えていないのだ。

 少なくとも、ナーゲラスの目にはそう見えた。むしろ、嘲笑っているかのようにすら思える。それは年端もいかない少女の態度ではない。


 もしや彼女は――偽物、なのか?

 ナーゲラスの胸に浮かぶ一つの思い。


 しかし、先ほどファナ・ドストルが見せたカリスマは、誰にでも備えるものでないだろう。あれは王族として幼少より教育を受けていなければ、表現出来ぬ技だ。


 ナーゲラスはいつもの癖で、腰に差した杖に手を伸ばし、気づく。

 杖は会場の入り口で――全て取り上げられていたことを。


「見よ! あの顔が、あの態度が、全ての証明! 反論の一つもしようものなら、弁明の場を与えてやろうかとも考えたが――!」


 そこで、冬楼四家ホワイトバード筆頭、ライアー老は、杖を少女に向けた。

 ライアー老に纏わる噂、彼は杖の一振りで人を容易く氷漬けにするという、しかし、ファナ・ドストルは能面のように平静のまま、一声も発することもない。



―――――――――――

次話にやっとスロウが出てきます。

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