【外交官ナーゲラス視点】455豚 感無量

『――ナーゲラス。お前が何故、私なのかという顔をする理由はよく分かっている。確かに今のサーキスタに派遣される外交官は、通常とは異なる難題を抱えることとなるだろう』


 今の気持ちをたった一言で表すのであれば、感無量だろうか。

 これまでうだつのあがらない一役人として年下の上司に媚びへつらい、一生この生活が続くと思っていた。それが今や、騎士国家ダリスの重みをその両肩に背負っている。


 騎士国家と繋がりの深い水都サーキスタへ、遥々はるばるドストル帝国から友好の使者がやってくる。

 長年敵対を続けた、あのドストル帝国なのだ。

 各国から重鎮が集う社交の場に、騎士国家ダリスの代表として自分が選ばれた。


『確かにお前は騎士国家ダリスにおける外交官、弁論に重きを置く人間として才のある人間、というわけではない。しかし、お前には経験がある』


 騎士国家の外交官、ナーゲラスという男は自覚している。

 自らがとるに足らない小人物だといういうことは、嫌というほど理解している。

 クルッシュ魔法学園で有能な同級生たちに囲まれ、クルッシュ魔法学園を優れた成績で卒業することも出来ず、夢であった王室騎士ロイヤルナイトへの挑戦権も与えられず、有能な弟に家督を継がれ、無能な外交官として名前も知られていない。

 それでも細々と外交官の端くれとして暮らしていける理由は、家名の力だ。


 与えられる仕事は、取るに足らない小国での細々とした活動のみ。

 ただ、余計なことを言わず、大国、騎士国家ダリスの人間として、どんと構えていればいい。新人であっても対応可能な仕事を、愚直にこなしてきた。


『ナーゲラス、お前が向かうサーキスタでは……愚直であり、何よりも職務に忠実な人間が必要なのだ。その点、お前の経歴は称賛に値する。大国への派遣は一度も無いが、ただの一度も小さな失態を犯さず。稀有な事例だ』


 小人物であるナーゲラスはいつだってマルディーニ枢機卿と言葉を交わす際は、緊張を通り越して卒倒しそうになる。戦場で培った胆力とも言おうか、枢機卿の身体から発せられる圧はまるで自分が巨大な岩の前に立っているような気になるのだ。


『注意深くあり、思慮深い。余計な気を回さず、与えられた役割のみを遂行する。まさにナーゲラス、お前が今のサーキスタに適任なのだ』


 ナーゲラスはいつものように、大国ダリスの文官、その極みに立つヨハネ・マルディーニ枢機卿から拝命を受けた。

 いつもと異なる点は、その身に確かな誇りがあることだ。



 実際、サーキスタで開かれた式典は見事なものだった。

 世界中からナーゲラスもよく知る各国の顔役たちが集まり、ナーゲラスも自らの顔を売ることに時間を費やした。ナーゲラスは大国ダリスの使者であり、胸に光るダリスのエンブレムが、彼の立場を証明している。


 ナーゲラスは使者として落ち着いた気品を持ち、各国の使者に対応する。小国への派遣では味わえない充実感と確かな緊張を胸に、その時を待ち続けた。

 間違いなく今この時間だけは、水都サーキスタこそが大陸南方の中心だと断言出来た。


 そして、遂にその人が現れる。


「ご紹介致しましょう! 遠路はるばる、北方ドストルよりやってこられたドストルの姫君——! 麗しのファナ・ドストル姫殿下、我らの前にお越し頂きましょう――ッ! お集まりの皆様、惜しみのない拍手で、姫殿下をお迎えくださいッ!」


 平和だ。平和の時代が始まるのだ。

 ナーゲラスだけでなく、この地に集う誰もが、新たなる未来の予感を感じている。だからこそ、ナーゲラスには納得がいかなかった。


 マルディーニ枢機卿よりナーゲラスに与えられた仕事は――ナーゲラスの視線の先にいる少年、いや、もはや青年の域に足を踏み入れた彼にあった。


 何をそれほど驚くことがあるのか――。

 目をカッと見開いて、ファナ・ドストルを見つめる魔法使い。


 ナーゲラスが生涯、渇望し続けるのだろう魔法の才能――全属性の魔法使いエレメンタルマスターを持つスロウ・デニングにあるのだから。

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