387豚 ぶひぶひが聞こえる

 クルッシュ魔法学園の外に広がる森。

 どこまで広がっているだよって突っ込まざるを得ない深い深い森が広がっている。


「先輩、先輩、もっとゆっくり……」


 俺の後ろをおっかなびっくり付いてくる彼女はティナ。

 黒髪ショートカットの一年生、平民の女の子だ。


「ティナ……そんな怖い?」

「こ、怖いですよ! 私の頭には、まだモンスターが学園に大挙して襲ってきたあの時の記憶が残っているんですから……」

「あー、確かにあれはやばかったな」

「先輩みたいに魔法を上手ければ、私ももっと堂々としてますけど……私はまだ成り立てですから」


 ティナは背中にぴとってくっついて、暗い森の中を注意して観察している。シャーロットよりも、大きな胸がたまに背中にあたって、非常に精神衛生上よろしくない。


「あ! あっちで、枝ががさってした!」


 ティナがびくっと震える。一緒に俺までびくっとした。


「ティナ、ただの風だよ。そんなに怖いなら、外に出なければいいのに」

「たまに自由を感じたくなるんですよ! 先輩だってそういう気分の時、ないですか?」

 

 拳を丸めて、力説している。


「……ないことはないけどね」

「う、うわあ! 今、耳元で変な音が! 何か小さいモンスターじゃ!」

「ただの虫だって。こんな学園の近くでモンスターなんて早々出ないよ」

「先輩! もしも何かが出たら守ってくださいよ!」


 先輩、先輩って……ティナは妙に俺のことを慕ってくれる。

 その姿を見ていると、俺の中で一人の懐かしい生徒が重なってしまう。

 俺が真っ黒豚公爵を卒業してすぐのことだ。ティナのように、俺を慕ってくれた土の魔法使いがいた。デッパの奴、元気かなあ。


「せ、先輩! 早いですよ! もうちょっと、ゆっくりでお願いします……」

「ティナ。びびりすぎ、まだ学園のすぐ傍だよ。ほら、向こうに小さく明かりが見える」

「ていうか、先輩。どこに向かってるんですか!? 私はちょっと夜のお散歩がてら、換金できる薬草を探しに来ただけなんですけどっ!」


 デッパは現在、学園を休学中だ。

 クルッシュ魔法学園再建中に、何を思ったのか家を飛び出して世界を旅しているらしい。現在、休学届けが出されている。だけど自分のことは心配いらないと、家族には定期的に連絡があるらしいから安心。


「俺の用事? オークの巣を探しているんだよ」


 ティナと共に俺はどんどん森の中を進んでいった。

 光の玉を回りに出現させて明かり代わりに。ティナは夜にしか姿を見つけられない珍しい薬草を見つけると、小さく歓声を上げてそれを摘み取っていく。

 ティナにとって暗い森の獣道は苦しいものだろう。平民の一年生、碌な戦闘訓練も受けていない。それでも必死に俺の後ろをついてくる。


 俺はその様子を微笑ましく見守っていた。

 ティナの夢も知ってるしな、ちょっとぐらい応援をするのも悪い気分じゃない。

 

 でも、こうやって彼女に親切をしているのは、ティナがアニメキャラだからじゃない。ティナが、デッパの双子の姉だからだ。


「そういえば、先輩。あのニュケルン様、最近姿を見ませんけど、何してるんですか?」

「あー……あいつはマジックアイテムで頭でやられたから、王都で治療中なんだよ。やっぱり一度は著名な医師に身体をちゃんと見てもらおうってことでさ」


 すまん、シューヤ。

 あの守護騎士選定試練に偶然、居合わさせたティナにとっては、お前は頭の可笑しい人扱いなんだ。でも、全部お前を助けるためだったんだからな、許せ。


「守護騎士選定試練の時、やばかったですもんね……。私、ニュケルン様の姿見て危ないマジックアイテムだけには手を出さないようにって心に決めたぐらいですもん」

「ティナには感謝してるよ。あの時のこと、誰にも言わないでくれたんだから」

「い、言えませんよ! 貴族の人がマジックアイテムに頭を支配されて可笑しな姿になってたなんて! 平民の私は、貴族に恨まれたらシャレになりませんから!」


 まあなあ。

 大半の生徒が貴族で構成されるクルッシュ魔法学園だ。平民の生徒は、肩身の狭い思いをしていることも多いだろう。


「それより先輩。本当に森の中にオークの巣なんてあるんですか? オークが地中に巣を作るなんて、滅多にないことですけど……」

「え。ティナ。あのブヒブヒって鼻息、聞こえてないの?」

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