382豚 片翼の騎士、クラウド
戦場を生業に生きる
公爵家、デニングという名前が持つ重み。
俺たちに勝利したという名誉を狙い、勝負を挑んでくる挑戦者は国を出れば後を絶たないし、国内にも俺たちを倒して名前をあげようとする者は数多い。
俺の父上であるバルデロイ・デニングはよく笑っていた。
挑戦者が跡を絶たないのは名誉の証だ、それは有名税みたいなもんだから、全て受け止めてやるべきだって。
だけど俺は御免だった。いいや、俺以外の兄弟も全員同じ気持ちだろう。名前も知らない奴らの思いをいちいち、受け止めるなんて面倒以外の何でもない。
「若、貴方は狙われることに慣れていませんなあ。このコクトウ、卑怯な襲撃をすることを好みません……しかし、これぐらいの攻撃は軽く
コクトウの奴から急襲を受けて、今日も今日とて俺は床に沈んでいた。
サンサの専属従者、コクトウの野郎。
あの野郎は昼休み、シャーロットと一緒に廊下を歩いている俺に対して攻撃を仕掛けてきた。窓ガラスを突き破って俺の顔面目掛けて蹴りを払ってきたんだ。
馬鹿かよ、あいつ。ここは4階だぞ?
「うるさいな。俺はお前の主人であるサンサと同じような道を選ぶ気はないんだよ」
「若は公爵家の人間でありましょう。であるならば、道は一つかと」
「人の道を勝手に決めるな」
「ふむ、それだけの力を持ちながらですか?」
今のところ、コクトウの襲撃に対してシャーロットが役立つ姿を見たことはない。ま、俺でさえコクトウの気配に気付けないんだから、シャーロットが気付ける筈もないんだけど。
「確かに若様が相手であれば、今のサンサ様は勝てないでしょう。しかし、こうも言える。サンサ様であれば、今の若のような無様な姿は晒さないでしょう」
「……うるさいな。窓からお前が飛び込んでくるとか予想できるかって」
「ミントがいたから若は助かりましたな?」
「……」
「サンサ様が推薦したミントの価値、認めますな?」
言われるまでもない。
俺とシャーロットの後ろにいたミントちゃんが俺の服を掴んでいなかったら、コクトウの蹴りが俺の顔に直撃するところだったんだから。
「コクトウ、お前に言われるまでもない。ミントちゃんは確かに俺に足りない力を持っている。はいはい、従者は主の弱点を補うために、そういうものだって、言いたいんだろ?」
「理解しているなら、結構!」
そんな捨て台詞を残して、コクトウがそのでかい巨体を揺らしながら、階段を下りていく。一日中、あいつはあーやって俺を狙ってくるんだ。
「結構、結構! うあはは!」
サンサに付き従ってクルッシュ魔法学園にやってきた公爵家関係者の中でもあいつは異質だった。
サンサの奴、本当に変な奴を自分の従者にしたよなあ。
「おい、デニングの奴。また変なことやってるぞ」
「
もう数日も立ったら、俺が何かヤバイことをやっていることが学園中に広がっていた。結果、何が起こるかって言うと、誰も近寄らなくなるのだ。
「スロウ様……」
「ありがとうシャーロット、大丈夫だ」
シャーロットの手を借りて起き上がる。
しかし、コクトウの野郎、俺に恨みでもあるのか?
一歩間違えば、大惨事だぞ? 今のところミントちゃんの神懸かり的なフォローで何とかなってるけど、さすがにあいつの攻撃が直撃したら俺も本気になるぞ?
「ミントさんは、どうしてコクトウさんの攻撃が分かるんですか?」
制服についた埃を払っていると、シャーロットが気配を消して俺たちの傍で佇んでいたミントちゃんに聞いてくれた。
「正直、俺も気になってる」
今だってそうだ。
ミントちゃんが俺の服を引っ張ってくれなかったら、大惨事になっていた。コクトウの蹴りが直撃するとか、数日は痛みで寝込みそうだから感謝せねばな。
「それは……」
コクトウの攻撃してくる瞬間、俺もシャーロットも反応すら出来ていないのに、この小さな女の子は確実に捉えている。未来が見えてるんじゃないかってぐらい、正確に。
「――……若様が、隙だらけだからです」
「……」
思わず手助けを、助言を与えてしまった自分に驚き。
ミントはシャーロットのことをよく知っていた。実際に顔を突き合わしたのは今回が初めてであったが、シャーロットの人となりはよく聞かされていた。これから出会う男にだ。
「……」
それは、ミントが公爵家に関わるようになってから何度も味合わされた真実だ。そもそも自分のような生き方を選んだ人間が、あの高潔なバルデロイ・デニングの従者をやっていることが何よりも可笑しいのだから。
「五分の遅刻、です。何をしていたんですか?」
ミントの正体を正確に知るものは余りにも少ない。
サンサ・デニングにも、その専属従者であるコクトウにも当然、知られていない。
彼女は影のような存在だった。
そもそもバルデロイ・デニングに専属従者はいない。既に死んでいるからだ。主を守るために、戦場で命を落とした。
「懐かしい顔を見かけて、つい仕事を忘れた。なんて、言うのは無しですよ」
クルッシュ魔法学園の外に広がる森の中で、ミントは一人、呟いた。
誰もいない。森の遥か奥までやって来ていた。
ミントの役割は、公爵の影。バルデロイ・デニングの意向を受け、彼の望むままに生きる。それが彼女に与えられた役割。
専属従者としての役割は様々だ。そして
「これでも、忙しい身なんだ。少しは労りの言葉はないのか?」
そんな彼女の元に現れる、黒頭巾をかぶった一つの影。
「自ら、手を挙げたと聞いています。若様と、
「わかっていたがな。で、あんたの目から見て、今の坊ちゃんはどうだ」
低く声だ。大人の男、それもとても落ち着いている。
彼女が公爵家において、どれだけ権力を持った存在であるかを十分に知っていながら対等に話し合える、それは相応の実力者である証。
「身近で見て
「ふふ。そう言っただろ。坊ちゃんは、すげえんだ」
頭巾を下すと、赤銅色の短髪と痩せた頬。
男が公爵家の関係者であることは間違いのだろうが、朴訥な人柄を思わせるその顔立ちはとても騎士とは思えなかった。
騎士というよりも、畑を耕しているほうが似合うかもしれない。
「それで――」
そんな、戦いとは無縁の雰囲気を持つ男に向かって、彼女は話しかける。
「
嘗て風の神童には、
剣と盾を自称する二人の忠臣。
次期公爵と噂されたスロウ・デニングの傍に在り続けた平民の剣士と青年の騎士だ。
「特定した。聞かないほうが安眠出来ると思うが、知りたいか?」
「言いなさい。
道を違えた彼らが再び集まる未来は、もうすぐそこまで来ていた。
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