374豚 ミントちゃんの時間

「ご、ごめんなさい! あの、これは! 若様の部屋に入ったら、服が沢山あったので掃除しようとしたら、わけが分からないことになっちゃって……」

「ちょっと待ってくれ。それより、どうやって俺の部屋に入ったの?」

「入り口で鍵を借りて……」


 おずおずとミントちゃんは手を上げて答える。その姿はなんか、教師に叱られて身体をぎゅっとする新入生みたいだ。第二印象は正直な子。

 

 ていうか、俺が気の弱い女の子を虐めている悪者みたいに見えるのは何で?


「おい、サンサ……俺の部屋はフリーパスか?」


 自然と俺の子は彼女を推薦したサンサに向かう。


 ミントちゃんはたまにやらかすらしい。うん。サンサが言うなら間違いないんだろう。だけど、勝手に部屋に入られるのは凄く困る。


「スロウ、ミントは強いぞ。私が保証する。特に魔法の弓レインボウは、あの父上でさえ戦場でミントと出会いたくないと唸った程だ。たまにやらかすが、そんなものミントが持つ力からすれば可愛いもの。スロウを奇麗な部屋で出迎えようとしたんだろう」

「……この部屋の惨状を見て、出てくる台詞がそれかよ」


 これだから公爵家の脳筋連中は嫌いだ。


 まともな方のサンサでさえこれ。戦場が大好きなエイジ兄や妹のイトだったら、どんなに欠点があっても強ければいい、問題なし!とか言い出すからなあ。


「あの……若様、私はもう従者として失格ですか?」

「失格。だって俺ミントちゃんに部屋に入っていいよなんて許可出してないし」

「……はわわ。サンサ様、私。失格になっちゃいました……! ごめんなさい、ごめんなさい、またやっちゃいました……!」


 でも、これで彼女を諦めさせる良い理由ができた。

 俺の許可無く部屋に入るとか従者として一発アウトだろ。まだ仲良くなってないし。ミントちゃんには悪いけど、やっぱりこの件はしっかり断った方がいいな。


「そういうことだから、サンサ。この子は公爵領地に送り返して――」

「ちょっと待ってくださいスロウ様——!」

「え?」

「これだけで判断するのはまだ早いと思います!」


 俺の発言に待ったをかけたのは、まさかまさかのシャーロットであった。


「……え? え? シャーロット、どうして?」

「だってスロウ様、私たち、ミントちゃんの良い所をまだ見てませんから! サンサ様が推薦するってことは、それだけミントちゃんが公爵家の従者として優れているって証ですから!」

「いや、それは……そうかもしれないけど……」


 俺の頭の中に混乱が浮かぶ。

 どうしてシャーロットがそっち側なんだよ!


「シャーロット、ミントちゃんが俺の従者になったら……俺たちがどうなるか分かってるよね……?」

「それとこれとは話は全く別ですから!」 


 シャーロットも分かっている筈だ。

 ミントちゃんが俺の従者になったら、シャーロットの立場が奪われてしまうんだ。


 だからシャーロットは俺と一緒にミントちゃんに対して反対の態度を取ってもらわないと困るんだ!

 なのに、どうしてミントちゃんの肩を持つようなことを!


「スロウ。えーっと、そろそろお前の部屋に入ってもいいか? 見てみたいものが山ほどあるんだが」

「……」


 ワクワクした顔でサンサが言う。 

 男子寮の部屋。好奇心が抑えられないようだ。その表情はとても公爵家直系であり、高い地位の将軍様とは思えなかった。


 俺はサンサ達を部屋の中に案内する。足元に出しっぱなしな俺の教科書やぐちゃぐちゃになった服を避けながら。


「サンサ。部屋の探索は後にしろよ。まずはミントちゃんについての説明をしっかりとしてもらう」

「そんな……そんなのいつだって出来るだろ」

「俺の部屋の探索だっていつでも出来る。サンサ、これは譲れない」

「く、くそ。分かった。今だけだぞ」


 何が今だけなんだよ。

 優先順位が可笑しいだろ。俺の部屋探検よりも、俺の従者交代の方がよっぽど重たい筈だ。間違ってるのは俺か??




 リビング。真ん中にどっかんと置いてある黒机の周りに集まって、サンサ達に席へ座るよう促した。


「最初はミントを公爵領地を守る騎士に仕立てようとしたんだが、戦場を連れまわすと戦果を幾つも挙げてな、ただの騎士にするには勿体ないと思ったわけだ。ちなまに、力は私と父上のお墨付きだ」

「そんなサンサ様! サンサ様や公爵様のお墨付きなんて……恐れ多いです……」

「無論、最初からスロウの従者にしようなんて考えてはいなかった。が……スロウ。お前もいつまでもクルッシュ魔法学園にいるわけにはいかないだろう。これを機会に公爵家の人間としてしっかり将来を見据え、力のあるミントを従者をすることもありなんじゃないかと……ミントがいれば戦場ではとても楽になるぞ?」

「おい、サンサ。俺の部屋を見ながらじゃなくて、もっと真面目に話せ」

「……若様。こんな童心に帰ったサンサ様が見られるのは貴重ですぞ?」


 コクトウは笑いを耐え切れないといった感じだ。

 そりゃあ、分かるよ。サンサは真面目一辺倒だ。昔から融通が利かなくて、だけど学生生活に憧れるような普通の子供らしい感情も持っていた。


 俺の兄妹、公爵家直系の中じゃまともな感性を持っている。


「サンサ。ミントちゃんが強いってどれぐらいだ。王室騎士ぐらいか?」


 俺の中で王室騎士ってのは力を図るいい物差し。

 あいつら騎士団としては滅茶苦茶強いんだけど、個人になるとそこそこだからなあ。元王室騎士のロコモコ先生に頭の中で謝っておく。

 

「あいつらには聞かせられないが、並みの王室騎士よりは上だな。スロウ、お前が苦戦したサーキスタ大迷宮の龍人なら一対一、恐らく返り討ちにできる位は強いぞ」

「いやいや、待てよ。さすがに冗談だろ。サンサ、龍人がどんなモンスターなのか知ってるのかよ」


 俺がサーキスタ大迷宮で出会ったあの龍人に、このミントちゃんが勝てる?

 冗談だろ? 今はニコニコして、こっちを見ている。あ、目が合ったらにこってしてくれた。可愛いなあ。


「えーと、ミントちゃん? 今の話、どこまでもが本当?」


 俺の問いかけにミントちゃんは何も答えずに、ただニコニコとした笑みを俺に向けたのであった。



 その後、俺は公爵家の騎士連中からミントちゃんに纏わる話を聞いた。サンサが語る話は誇張でも何でもなく、サンサの部隊の連中は戦場でミントちゃんに幾度も危機を救ってもらったらしい。


 ……人って見かけによらないものだなぁ。



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