324豚 水都サーキスタ――出発前日④

 冗談だろおい。


 俺はまだ、ついさっき唐突に告げられた事実を理解することが出来ていなかった。


「……あ! お前、俺の好物を取りやがったな!」


「お前が食べるの遅いから手伝ってやったんだよ! それにチキンなんてお前の小遣いからすれば大した金額じゃないだろ! まだ食べ足りないなら買ってこいよ!」



 知りたくない事実がある。

 さっき、ドクターから知らされた真実は出来れば知りたくなかったものだ。


 陛下の望み。シューヤが迷宮の中で倒すべき相手は世界の敵、簒奪のステインと言われるスライムだったなんて。


 この世にはいくつも賞金首にされたモンスターが存在する。

 高額な賞金首をかけられたモンスター、簒奪のステインもその中の一体である。


 南方各国から、とんでもないお宝を盗み続け、今なお各国の王族が血眼になって探しているスライムの名前である。

 ドクターの話によると、奴は今、悪魔の牢獄に住まいを構え、俺たちが潜る予定の迷宮の迷宮主ダンジョンマスターになっているらしい。


「夕食のおかわりなんて、貴族が平民みたいにはしたない真似できるわけないだろ!」


「ふん! 君みたいな小太りデブが貴族の何たるかを語るなんて滑稽だな」


「なんだと! 今の発言は僕への挑発だな!」


 簒奪のステイン。

 奴が盗み出したお宝は数知れず、盗み出したお宝の価値は全てを合計すれば国が建つと言われている。

 正直言って、賞金首にされているモンスターの中でもかなりの大物だ。


 少なくとも火の大精霊を自分の力にしたばかりの、今のシューヤが倒せる相手とは思えない。

 たとえ俺が本気で協力したとしても、かなり厳しい相手であることは間違いない。


 だけど一番の問題はあれだ。

 盗人スライムが治めている迷宮までどうやって辿り着くか、それが目下の問題なのである。


 シューヤは馬鹿正直だから、迷宮を正面突破しようとしているが、俺はそんなやり方、到底御免だった。

 だから、こうして、食堂の中。


 ガチャガチャと騒がしい食堂の皆を横目に、俺はたった一人で頭を抱え続けている。


「あー、悪かった。悪かったよ! だから杖を仕舞えって!」


「ふん! 俺にこれから二度と僕の好物を横取りしようなんて思わないことだね!」


 ん?

 俺が、誰かと一緒にご飯を食べてるんじゃないのかって?

 まさか。そんなわけあるはずもないって。


 今、このクルッシュ魔法学園で再び俺は要注意人物になっている。


 シューヤを助けるために画策したあの守護騎士選定試練ガーディアンセリオン、最後に起きたあの大乱闘劇。

 今はもう崩れかけて見る影もない闘技場で大暴れした首謀者がシューヤだとは、学園の生徒は誰も気づいていない。


 代わりに大きな被害を被ったのが、俺だ。

 俺にまつわる風評被害が、とんでもないことになってしまった。


 騎士国家に再び現れた小さな英雄ことスロウ・デニング。

 その存在は南方四大同盟の盟主の座を虎視眈々と狙う他の三ヶ国にとっては目の上のたんこぶらしい。


 だから、あの時の騒ぎは俺の命を狙いに来た怪しい組織の仕業とか、他国からの暗殺者に違いないとか、学園のそこら中でまことしやかに語られている。

 学園長も当然シューヤの名前を出すわけにもいかないから、あの件に関しては生徒に対しての詳しい説明を実施出来ていない。学園長は俺の風評被害を気にしていたが、俺は全然へっちゃらなのだ。



 ふー。

 だからこんな感じにちょっとでも俺の機嫌悪そうにしているとさ。


「見ろよ、デニングがなんか悩んでるぞ。お前、話しかけて来いよ」


「な、ななんでだよ! お前急に何を言い出すんだよ、絶対に嫌だって」


「だって、お前。あの守護騎士選定試練の最後に一体何が起きたのか。デニングに聞いてみたいって言ってただろ」


 あんな感じに他の生徒からめちゃくちゃ怖がられてしまうのだ。


 彼らの間では俺に近づくと、怪しい組織につかまって人質にされてしまうとか、よくわからない噂が学園中に広がっているようなのである。


 まぁ、正直言ったらこれぐらい全然大したことじゃない。

 だって、あの忌まわしき真っ黒豚公爵時代程じゃないだからな。

 これぐらい全然耐えられるってもんである。


「む、むむむ無理だって! 確かに前よりは穏やかになったけど見ろよあの顔! 絶対にイライラしてる顔してるじゃん! この前、陛下が学園に来た時、王室騎士があいつのことを探してたって話だし、今のあいつに近づいたら命が幾らあっても足りないって!」


「......おい、誰かデニングのあの従者だった女の子呼んでこいよ。そうしたらデニングも前みたいに丸くなるだろ」



 はぁ、シャーロット。

 確かにもう最後に出会ったのが大分、前のように思えてしまう。


 シャーロットは今公爵家で魔法の勉強の真っ最中なんだ。

 簡単な魔法に目覚めた今、シャーロットは魔法に夢中だ。俺としてはシャーロットにもある程度の魔法が使えるようになって欲しかったし、そうとくればシャーロットに最高の環境を与えるのがこの俺の役目である。


 だから、今。

 シャーロットは俺の実家にいます。


 魔法の勉強で言えば、公爵家の環境はこの魔法学園より遥かに上だからな。


「確かにあの従者さん、デニングのストッパーって感じだったもんなぁ。可愛いあの従者さん、どこ行ったんだろうなぁ。俺、結構好きだったんだよなぁ」


「おい。デニングのやつがこっち見てるぞ。もう食べ終わったことだし、あいつに難癖つけられる前に出ようぜ。触らぬ神に祟りなし。見ろよ、あの怖い顔」


 しかし、俺の顔のどこがイライラしていると言うのか。

 フォークをぶっ刺したまま、どうしようかと一人悩んでいるだけじゃないか。


「ぶひぃ」


 あぁ、シャーロット。

 早く魔法の勉強を終えて、俺の元に帰ってきてくれ。


 シャーロットがいなければ俺のダイエットだってうまくいかないし、あぁだめだ。シャーロットのことを考えると、食べ物を食べる手が止まらない。


 シャーロットはどんな時でも俺の精神安定剤だった。

 今すぐにでも、会いたくてたまらない。


「ぶひっ、ぶひ。ぶひぃぃぁぁ」


 そうだちょうどいい。

 俺のことを怖がって食堂を出て行ったあいつらの食べ残し、どうせ後でメイドさん達が捨ててしまうんだから俺が食べてもた問題は無いだろ。


 ナイスな考えに呼応するかのように、俺の腹が大きくぐ〜〜となった。

 シャーロットからは一人になっても、ダイエットの意識を忘れずに自制するようにって言われていたけど、もう知ったことかよ。


 俺の前にご飯を放置するあいつらが悪いんだって。

 うん、そうだ。そうに違いない。


 今日俺があいつらのご飯を食べてやるのは、善行だ。きっとシャーロットも俺が偉いって褒めてくれるだろうな。

 ぶひ、ぶひひひ。


「あのちょっといいですか。本物の豚みたいに残飯を貪り食っている怖い人が食堂にいるって話を聞いたんですけど、貴方で違いないですか?」


「あ?」


 失礼な言葉と共に現れたのは、金髪の男だった。

 貴公子然とした爽やかな顔面に、サファイアのような青色の瞳。


 ぐぬぬぬぬ。

 この世で俺が一番嫌いなイケメン然とした男子生徒がそこに立っている。


「外で可愛い女性達が困っていましたよ。スロウ様が怖すぎて食堂の中に入れないって」


「おい、こら。随分と失礼な台詞だな、えぇ? このエセ貴族め」


 学園の生徒たちが怖がる、俺の不躾な言葉を受けても顔色一つ変えないそいつは。


「シャーロットさんがいないと、すぐににダメになってしまうんですね。はぁ、僕でよければ幾らでも話を聞きますけどそんなに荒れてどうしたしたんですか? スロウ様」


 俺の初めての友達と呼んでも間違いじゃない、ビジョン・グレイトロードだった。


「べ、別に、シャーロットがいなくたって平気だし……」


「僕には到底そんな風には見えませんが」


 こいつの良いところはいくらイケメンぶっていても制服にほつれていたり箇所が幾つもあったりと。

 苦労しているんだなぁと思わせる、その貧乏さを隠しきれないところであった。

 あいつは夕ご飯が乗ったトレイを机に置くと、俺の隣に座ってくれる。

 それだけでちょっとだけ救われる気分になる自分が恥ずかしい。勿論こいつにはそんなこと言わないけどな。

 しかし、ご飯はメイドさんが机まで混んできてくれるのに自分で持ってくるなんて偉い奴だ。


「……なぁ、ビジョン。例えばの話だが」


「なんですか、スロウ様。あ、重たい話はやめてくださいね」


 シャーロットの代わりにというわけじゃないが。


「軽く考えて欲しいんだけどさ、お前ってシューヤのために命を張れるか?」


「え?」


 とりあえず俺は、溜まりに溜まっている愚痴を、この男子寮一階の平民部屋に住んでいるイケメン貴族相手に発散することにしたのだった。

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