304豚 フルボッコタイムの開始

「かか! 小僧! シューヤの中から見ても思うたが、相変わらず自信家なのは変わらずのようじゃ! しかしこうして、再び儂らが合間見えるのは迷宮都市以来になるか。思ったよりも早かったのう!」


 あああ!

 出やがったああああああ!


 枯れた声にこの口調、表から裏へ人格の入れ替わりが成立している。味方にしたら心強いけれど、敵にしたら厄介さナンバーワン。

 もう二度と会いたくはなかった大精霊さんが、再び俺の目の前に顕現した。

 逃げ出したくなる衝動をなんとか抑えて、対峙する。


「小僧! 今のお主は儂に何を望む! やはり内に隠れたシューヤを返せと望むかっ!」


 あーもう!

 やっぱり久々に表に出てこられて、テンションマックスなご様子だ!


 もし俺がシューヤの敵だったらさ。

 雑魚だと思っていた敵の中に、実はこの世界でも最強の存在が隠れ潜んでいましたなんて、信じたくもない現実だよ!

 でも、こうして目の前にその実例がいるんだからどうしようもないよな!


「スロウ・デニング! 儂との再会がそれほど口惜しく、声も出ないか!」


 外に出てこれたことがよほど嬉しいのか、口調からもこの猛々しさが伝わってくる。

 これ絶対、戦闘は免れられないパターンだな!


「はぁ……出来れば再会はもう少し遅いほうが良かったけど。こうなったら仕方がないよな」


「何が仕方ないというのじゃ! このエルドレッド様がお主の相手をしてやるというに! 神に感謝こそすれ、そのような顔をされる覚えなど一切無し故、儂も苛立ちを感じる程じゃ! しかし、久方振りの今世に、気分がいいから許してやろう!」


 佇まいはシューヤのまま。

 だけど相当鍛え込まれた武人が醸し出すのと同じオーラが見える。

 瞳も真っ赤へ染まり、もういつものシューヤとは思えない。


「火の大精霊、迷宮都市で俺は確かに伝えた筈だ。シューヤの身体を乗っ取るようなら、黙っちゃいないってな」


「くくく。あのような約束、今となっては何の価値もないであろう! 違うか! スロウ・デニング!」


 火の大精霊は筋金入りの戦闘狂、定期的に衝動の発散が必要だ。

 だから、迷宮都市でのいざこざで暫くは大丈夫かと思ったんだけど、逆にあいつの心に火をつけちまった感じがあるなー。

 

 でもさあ。

 こんなにすぐ、シューヤの心を凋落させるなんて想定外だよ。

 確かに火の大精霊は欲望のまま戦うために、宿主を惑わす傾向がある。一時的にだがシューヤに祖国を捨て、国外逃亡を望ませるなんて一体何を言ったのやら。


「隠すな、小僧! 儂の存在はダリスに気付かれているのだろう? 一ヶ月近く前のことだったか。儂らを殺そうと少しずつ武装した人間が森の奥に集まり始めたのは」


「耳聡いことで……そんなに早い段階から気づいていたか」


「少数の人間を配置することで儂の目を欺こうと考えたのであろうが、こざかしいことよ! 確かに小僧、儂はお主と約束をしたが、宿主の命が狙われているとなれば話は別じゃ。儂も自分の命を守るために戦わねばならん」


「宿主だって? シューヤのことを宿主なんて、よくもまあ言えるもんだ。あんた、良くて下僕程度にしか考えていないだろだろ」


「……」


 アレアレすぐに言い返してくると思ったら、火の大精霊は何も言うことなく黙り込んだ。

 もしや大精霊さんはシューヤのことを意外と大切に思っていたりするのか?


 でもなぁアニメの中でお互いの絆が深まった最終時点ではともかく、今の段階だと大精霊さんはシューヤに対して何の思い入れもないだろう。

 そしてシューヤこと大精霊さんは顔をしかめたまま。


「……これうるさいぞ、シューヤ!頭の中でガンガンと騒ぐものではない。お主がどれほど騒いだところで何も変わらん! ん? な、なんじゃお主! 大精霊に向かって何という口の利き方を!」


 あーやっぱり。

 頭の中で言い争いをしていただけか。しかも大精霊さん、威厳も関係なしに子供みたいなこと言っちゃってまぁ。


 シューヤの身体に二つの心。

 今では火の大精霊さんが主導権を握っているが、シューヤもやられっぱなしというわけじゃないようだ。


「しかしシューヤ。お主も見込み違いの男であった。小さく纏まり、この小僧のように戦乱を呼び寄せる力もない。これでは儂の力を披露する機会もないではないか。儂は大精霊、価値ある人間にしか力を貸さん。シューヤ、その点でお主は私の宿主足り得んのだ」


 実はシューヤが成長しなかったの、俺が未来を変えたからなんです。

 シューヤ、すまん。お前が大精霊さんから見限られたの、俺にも少し責任があるみたいだ。

 本当に少しだけどな。


「シューヤには同情するぜ。本当に厄介な奴に取り付かれちまったもんだ」


「くく、それで? お主はどうやって、この儂を倒すと言うのじゃ。まさか本当に、この儂からシューヤを救えると思っているのか?」


 シューヤの顔をした火の大精霊が俺を見る。

 尊大な口ぶりだが、圧倒的を実力を持つ相手だけに何も言えない。

 シューヤの身体を乗っ取っているのはあの三銃士の一人を倒した大精霊。

 なんだか世界を相手にするような感覚だよ。

 こんな感じをアニメの敵キャラクターは全員味わってきたんだろう。

 けれど、俺も全くの無策でこの場にやってきたってわけじゃない。


「……ニャマリアさん、やって下さい」.


「――準備完了ラジャーっ!」


 ぼろぼろになった闘技場の中心地から見える向こう側。

 さっきまでは生徒で埋まっていた観客席で、俺の声を受けた彼女が空に向かって杖を向けた。

 

 ● ○ ●


 白い杖を持ったまま、眼鏡の彼女は詠唱を唱え出す。終わることのない詠唱は、難易度の高さを示している。

 闘技場を覆う透明な結界、見た目にはそこにあることさえ分からない。

 しかし、変化がなくとも、それは見るものに荘厳さを与える光景だった。


 この闘技場をすっぽりと覆い隠すあれは光の大精霊が構築した結界だ。

 魔法に造詣があるものがみればあの結界がどれほど類まれなる力によって構築されたか、すぐにわかるだろう。

 そして同時にあの結果に変化をもたらした彼女がどれほど類まれなる魔法使いかと言うことも。眼鏡を掛けたその辺にいるお姉さん。街を歩けば十人は見かけそうな外見だけど、やる時はやる強者さんだ。


「デニング卿! 結界の再構築、完了しました! ご要望通り強度最大っ、それとあの平民が守っている出入り口を除く道を全て封印!」


 まぁ彼女は、自力であの結界を変化させたわけじゃない。

 彼女が持つ小さな白い杖。あれは今回のために光の大精霊さんが特別に作ってくれた特別品だ。

 あれの補助があるからこそ彼女は結界に変化を加えることができた。まっ、あれがあっても並大抵の魔法使いじゃ無理な芸当だけど。


「それじゃあ、デニング卿! 私はここでずっと見ていますから!」


「ぶひぶひー」


 軽く手を振って彼女に後は任せると言う意思を伝える。

 ここに、火の大精霊さんと戦うための下準備が全て完了したわけで。


「火の大精霊。あんたはずっと眺めているだけでよかったのか?」


「……」


 大精霊さんは以前沈黙したままだ。

 さっきのようにシューヤと頭の中で言い争いを繰り広げているのかと思ったけどそういうわけじゃなさそうだ。

 さっきまで真剣だった俺が、突然ぶひぶひ言い始めて驚いた、そういうわけでもないらしい。


「……」


 俺は現実主義者だ。

 火の大精霊に一人では叶わないことを理解しているから仲間を集めた。

 結界の中と外に一人ずつ協力者を配置し、まずは内側の彼女が仕事を仕上げてくれたようだ。


「ふむ。影で一人こそこそしている女がいるかと思ったが……結界の再構成か」


 観客席で、俺に向かって頑張ってくださいと大声を張り上げる彼女。

 ニャリマナ・ロッシガウ。

 アニメの中では没落した家を復興させるため、シューヤのために尽力したマジックアイテムのスペシャリスト。


 彼女は俺が大精霊さんの炎から逃げ続けていた間も、ずっと合図を送ってくれていた。

 それは生徒の避難が完了した証、そして俺の許可があれば、いつでも結界の再構築を行うとの伝達だ。


「あれは光の大精霊が構築した結界じゃろう? あれに干渉出来る程の力の持ち主がこそこそ逃げ回るなど……いや、違うか。あの女が持っているのは、光の大精霊のマジックアイテム。姿を感じずとも、奴特有のいやらしさを感じる」


「まあな。使える人を探し出すのは苦労したよ」


「であろう。奴のマジックアイテムは、悪辣だ。強力だが使用すれば呪いを帯びる。もっともあの女のあの姿――」


「――彼女は元から呪いを帯びている。あんたが前に取り付いた人間の被害者だよ。お前を討伐するためなら、心から協力してくれるってさ。この世界は意外とあんたに恨みを持っている人間がたくさんいるって言うわけだ」


「くくく! 恨みか、お門違いもいいところじゃ! 己が弱いからは儂に奪われたのだ!」


 大精霊さんの声が届いているだろう彼女は青い顔で、大精霊さんを睨みつけている。

 彼女には火の大精霊が顕現するのはまだ先だと伝えていたから、心の準備が出来ていなかったんだろう。

 それでも、彼女は恐怖に打ち勝ち動いてくれた。


「しかし、小僧。結界からの出口、大半を閉ざしてしまっては、まるで自分から逃げ場をなくしているてるように見えるぞ」


「俺の心配をしてくれてるのか? ははは、大精霊さん、逆だよ逆。こうすればあんたはこの結界から逃げられないだろ?」


「……そのような面白い戯言を聞いたのは久しぶりじゃ! ……これうるさいぞシューヤ、そのように喚くでない! お主はそこから小僧が死ぬ様子をゆっくりと見ておればいいのだ!」


 火の精霊が散っていく。

 主の怒りを感じ取ったか。

 あいつは笑っている。俺よりも圧倒的高みに存在する大精霊、その中でも炎を冠する戦闘狂。

 自分が敗北するなんて考えが微塵もないんだろう。この感じ、久しぶりだ。なんて言ったって最近はちやほやされすぎていた。

 もともとの俺の出発点は底辺だ、だから馬鹿にされる位がちょうどいい。今は公爵家に里帰り中のシャーロットが俺の特別扱いっぷりを知ったら、調子に乗ったらダメですよって叱られるレベルなんだ。


「で、どうする? 儂を倒す? お主に? あの亡霊を、儂の力を借りれなかった小僧如きが?」


「あー火の大精霊さん。一つだけいいか?」


「ふはははは! 死ぬ前の頼みじゃ! いくらでも聞いてやろう!」


「それじゃあ遠慮無く」


 俺はポケットから小さな杖を取り出した。

 それは王室騎士ロイヤルナイトの証である白マントと同じくらい真っ白の杖。

 これを女王陛下から頂戴した時、俺はたった一つ命令を受け取った。


火の大精霊エルドレッド。あんたはこれから――」


 あの結界を張った張本人。

 王都にて、光の大精霊レクトライクルより貸し与えられた杖の効果によって、火の大精霊が崩れ落ちる。


風と光の力ダブルマジックによって――空も見えなくなるグラビティ・ロック


 陛下の命令は、何が何でも火の大精霊エルドレッドを屈服させろ、それだけだった。

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