250豚 英雄の帰還 後編Last

「その気味悪い杖がアンタの祖国、魔導大国ミネルヴァが輩出したS級冒険者トップランナーイバラ・ペトワークスが愛用していた杖、名無しの怪物パレ=ドールであることも。使用者を限定する筈の英雄の種が目覚めている理由は、嘗てのS級冒険者トップランナーとアンタの間に血の繋がりがあるからってことも俺はもう気付いている。どうだ? 俺の博識っぷり、すごいだろ」


「ほう……ならば、貴様が如何いかに多彩な魔法操る全属性の魔法使いエレメンタルマスターといえど、勝ち目は無いと分からないのは何故であろうな」


 この爺さん、雷魔法の名はエレクトリック・ペトワークス。

 あの魔導大国ミネルヴァで魔法の発展に多大な貢献を与えた者に送られる教授プロフェッサーの称号を手に入れたものの、禁忌に手を出してしまった名家の末裔。クルッシュ魔法学園のモロゾフ学園長、モロゾフ・ペトワークスとは血を分けた兄弟であり、アニメの中では学園長と殺し合う運命を持った異端の学徒。

 そして、そんな雷魔法が持つあの杖は命を持つ英雄の武器シェルフィード

 あのダンジョン都市で、俺の結界を容易く切り裂いた紅蓮の瞳ウルトラレッドの大斧と同じ起源を持つ生きた金属であり、騎士国家ダリスの国宝、付与剣エンチャントソードにも匹敵する権威を持つ武装だ。

 だけど――それがどうした。

 この国を出る前の俺なら多少はビビったかもしれないが、今の俺はあの頃のとは違うんでね。

 

「いーや。きちんと分かってるぜ。どれ程アンタが才気溢れる魔法使いであっても、英雄の武器シェルフィードを持つ相手であっても、俺の敗北は万が一にもあり得ないってことがな」


 それに、実は俺にはどうしてもこの爺さんに負けられない事情があるんだ。

 この王都ダリスには、家族がいる。

 この王都ダリスには、王都軍を束ねるためにデニング公爵家の人間が最低でも一人は常に配備されているんだ。それが叔父上達の誰かなのか、それとも優秀な俺の兄妹の誰かなのかは分からないけれど。

 だけど、確かにいるのだ。

 この王都ダリスに、俺の家族が。俺とシャーロットの家族が。


「囚われの王女殿下を目の前に、例えどれだけの難敵が立ち塞がっていようとな。公爵家デニングの人間が敗走する覚悟を持って挑むなんてあり得ないんだよ。落ちこぼれの罵りよりも、臆病者と揶揄される方がよっぽど心にくるぜ」


 俺はかがんで、床に落ちていた一本の杖を拾った。

 それはあいつ。俺の初めての友達であるビジョン・グレイトロードの杖。猟犬ハウンドに床に押し付けられている時にでも落としたのだろう。とってもチープで質感も笑いたくなるぐらいの安物、雷魔法エレクトリックが持つ英雄の武器とは比べものにならない。

 けれど今、杖が無いことにも気付かない程打ちのめされ、自分を情けないと呪っているだろうあいつの無念さが染み込んだ杖でもある。


「この稀代の天才、エレクトリック・ペトワークスを前に大した自信じゃ。しかし、この場所ではちと狭すぎるのう。やはり、戦いの場には王都ダリスの周りに広がる平原が相応しいであろう。どれ、そろそろ外に出ようか。白マント共、大精霊の加護受けし軟弱者ロイヤルナイト共には吾輩が直々に力の違いというものを教えてやるとしようか――」


 長杖を持つ雷魔法エレクトリックの爺さんは、王室騎士団ロイヤルナイツが待機しているであろう壁の外を睨みつけ――。



 さあ、始めよう。

 この一戦が俺の人生を大きく変える。

 古き騎士道を是とする騎士の国で、正義を為そう。

 ここは王都ダリス。アニメの舞台、始まりの聖地。

 公爵家の落ちこぼれだった俺と彼女の出発点。

 真っ黒豚公爵だった俺は真っ白に、半人前だった彼女は魔法に目覚めた。

 王都への道中。あんなにシャーロットがそわそわして魔法の練習に必死だった理由が今、分かった。もうあの頃の俺たちはどこにもいないから、王都にいるだろうの家族に情けない姿など見せられる訳がないんだ。


「我が麗しの王女殿下リトル・ダリス。これより俺はこの国の貴族。公爵家デニングの人間として、貴女を助けます。随分とみすぼらしい格好で貴女のナイトには相応しくありませんが、お許しを」


「ずっと……この時を待っていました。見せて下さい、貴方の力を。この国に」

 

 アニメではその姿さえ見せなかった彼女を前にして。

 自分なりの正義を為すために――俺は、杖を握る指先に、力を込めた。

 

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