195豚 再会

「懐かしいな。そういえばあの後、宝物庫から盗み出したことがばれてこっぴどく怒られたんだよ」


 誰かの声が風に運ばれて乗ってやってくる。

 嵐のように風が吹きすさぶ中、視界を覆う土煙で目が開けられないアリシアの元にやってきた。


「マジックドールの原案を考えたのはシルバだ。他にも幾つか案はあったんだけど、あいつはお姫様を守る騎士ってシチュエーションに憧れがあったみたいでさ。……だけど、今見ると不十分な魔法だな。石に元々込められていた膨大な魔力頼り。まっ、そのお陰でリッチの魔法すらものともしない充分な耐性が付けられたんだけど」


 聞き間違いと断ずることの出来ない、あまりにはっきりした声だった。


「でもま、合格点にしておこう。少なくともうちが所有する最高レベルのマジックアイテムはS級モンスター二体を葬るだけの力はあるってことが分かっただけで充分だ。まあ本気じゃないリッチに対しては、って条件だけど」


 心臓が高鳴りを打つ。

 声を出そうとして、口の中がはからからに乾いていることにようやく気付いた。

 

「それにしても、さすがはアニメのメインヒロインってやつかな。ちょっとぐらい遅れても自分で何とかするんだから。やっぱりメインキャラクターを張るってのは理由があるんだな」


 よく分からない言葉が続いたけれど、アリシアにはとってはちょうどよかった。

 声の主がこちらに近づいてくる間、砂嵐の中で目をごしごしと擦るだけの時間が取れたのだから。


「さて。お前が遅いって怒鳴りだす前に言っとくぞ」


 アリシアは思わず目を瞑ったまま一歩前に出る。

 隣から引き留める声が聞こえたが、かまわなかった。


「これでも一応さ、頑張った方なんだぜ」


 そして彼女は閉じられた瞼を無理やりにでも開いてみせた。

 涙でぼやける視界の中心に、目の前に誰かがいた。

 身長は自分よりも高いから、少しだけ見上げる形になった。

 目を細め、少しずつ少しずつ、視界の汚れを涙が取り除ていく。

 すると。

 さっきのように若き剣士を模した人形でもなく、紛れのない本人がそこにいた。

 想像通りの、頭の中で思い描いたあいつがいる。


「―――ッ」


 彼女はキュッと口を結んだ。

 見間違えるわけが無い。

 学園に現れた黒龍から大聖堂を守るように立つ、あの背中を見ていたずっと見ていたのだから。

 ダリス王室から手配書が大陸の南方中に手配され、くしゃくしゃになってやつれた何とか一枚をゲットした。誰もが彼を探していた。けれど目撃情報が一切逃れ続けたドラゴンスレイヤー、魔法紙の表に描かれた妙に臨場感のある絵を見つめ続けたのだから。

 本気を出したあいつを見つけるのは難しい。

 なにせ、ずっと世間を欺き続けた凄腕の役者だ。


「―――がッ」


 でも最初に見つけたのは、この私だ。

 誰が何といおうと、この私。

 そこだけは譲れない。

 私が見つけた、いや、私だからこそ見つけれたのだ。


 ……それにしても。


「どこが―――」 


 アリシアはようやく目的を果たす。

 確かに嘗てのダリスは大国だった。

 帝国さえもおいそれと手出し出来ない力をダリスは持っていた。

 けれど、南方で、最大の超大国と言われたダリスはもはや、どこにも見当たらず。


 今はもう、サーキスタよりも国力が小さい田舎国家にッ!

 それも森に囲まれた―――ッ!

 ―――この私が、どうしてクルッシュ魔法学園のような、森の中に作られた……歴史しかない魔法学園にやってきたと―――こいつはッ!


「どこが―――どこがッ―――!!」


 ―――頑張った方なのよ。

 ―――全然努力が足りないわ。

 ―――もっと早く来て、安心させてよ。

 ―――私がどんな目に合ってたのか分かっていたの?


 死刑よ、死刑。

 王族をこんなに待たせるなんて、死刑

 でも、ちゃんと来たんだから恩赦にしてあげる。

 感謝しなさいよね。

 そんな憎まれ口を叩こうとして―――彼女はハッとした。

 水都の姫は気付いてしまった。

 その少年もまたドラゴンスレイヤーの名誉を得た少年と同じく、アリシアが見間違うわけが無かったのだ。


 だって彼とはいっつも一緒にいたのだから。

 知り合いの少ない異国の学園。他国の王族ということで色眼鏡で見られる環境の中で、妙に可笑しな奴を偶然見つけた。

 もう一年の半分ぐらいはずっとパシリにしていたような気がする。

 元気で、バカで、可笑しくて、得意の占いで小金稼ぎに精を出し、北方の支配者とも呼ばれる闇の大精霊を見た瞬間、突如変貌した男の子。

 今は気を失っているのか、ぴくりとも動かない。


「……シューヤッッ!」


 クルッシュ魔法学園でアリシアがいつも一緒にいた友人を、泥だらけのスロウ・デニングはその背に背負っていた。

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