181豚 荒野に佇む―――③

 氷の棘が四方八方から飛んでくる。

 水の魔法を司るリッチ、相性は頗る悪い。

 だが、暗闇のどこからか狙ってくるリッチを倒しても無駄だ。六体いる他のリッチによって再生されることは既に北方で確認されている。

 だからギルドマスターは走り続けた。

 限界を超えて―――魔道具が導く光の先に向かう。

 群がるモンスターを圧倒する。

 冒険者としての経験がモンスターの倒し方を身体で覚えている。

 穿つ刃ジャックナイフがモンスターの硬い肌を貫き、絶命させる。

 全身に赤い血を浴びながら、ギルドマスターは怯まない。


「ッ」


 爆発が起き、そちらに目を向ければ巨大な火柱が上がっていた。

 ドライバックが敵と認める脅威が消えれば、リッチも消える。

 今、ドライバックが敵と認めているのはあの赤毛の少年のみ。

 あの少年が死ねば、死の軍勢は消えるのだ。


「―――早く死ねばいい等と、彼女達を助けに向かってる者からすればあってはならない考えだな」


 サーキスタの王族と高位冒険者。

 この地獄の中で生きていられるとはとても思えない。

 それでも義務だと思った。


 その時、左手に握り締める魔道具が蒼に発光した。

 それはあちら側からの反応を知らせる闇の力。ヨーカリアの花をネメシスが保有する魔道具の中でも最も貴重と際立たせる効果は付与された闇の魔法によるものだ。

 対との通信が可能な程に近づいたと気付き、ギルドマスターはあらん限りの力で叫んだ。


「こちらネメシスギルドマスター! 火炎浄炎アークフレアッ! 生きているか!? ―――ッ!」


 再び何かの衝撃で視界が揺らいだ。

 即座に右肩に目をやれば、蛇のようなモンスターに喰らいつかれている。口元から覗かせる牙が深く刺さっていた。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 ―――彼らは生きているのかッ!?

 激痛に顔を顰めながら、もう一度叫ぼうとして―――


「今度は何だッ!」


 ―――足元から凍りついた。

 リッチの仕業、優れた魔法使いに距離など関係あらず。

 呪われた左目で身体に上ってこようとする絶対零度の氷を溶かす、焼けるような痛みが下半身に響き、頭にがつんと襲い掛かる眩暈と錯乱。

 ギルドマスターは瞬時に気付いた。

 ―――毒か。

 さっきの蛇の牙に毒が仕込まれていたに違いない。

 足がふらつき、倒れそうになる。

 だが近付いてきたモンスターの頭を支えに穿つ刃ジャックナイフで喉元を掻っ切り、即座に体勢を整えた。

 返り血で赤く染まった視界が揺れていた。

 生憎、ユニバースから持ってきていた回復の類は激戦の中で無くしている。


 孤独な荒野にたった一人。

 幾万のモンスターに囲まれながら、荒い息を吐く人間がいた。

 だが冒険者ギルドの未来を担うカリスマの象徴は理解している。


火炎浄炎アークフレアッ! 生きているなら―――」


 この先が一方通行の地獄の底に繋がっているとしても。

 行ってしまえば、戻ることの出来ない片道切符だとしても。

 この血にまみれた命を捧げる価値はあるのだと。


「―――応答しろッ!」


 S級冒険者、紅蓮の瞳ウルトラレッドは固く信じていた。

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