141豚 オークの魔法使いが
「あの……スロウ様。この人まだ生きてるんですか?」
俺の傍までやってきたシャーロットが地面にぶっ倒れ、ずたぼろになった冒険者を見つめている。
傍目にはボロボロになって死んでいるようにしか見えないけれど、辛うじて息はしているようだ。
先程放ったのは生前に魔法を極めたS級モンスター、六体のリッチ種を倒すための魔力の固まり。冒険者は魔法耐性を上げるような魔道具を付けてたみたいだけど、直撃すれば死は避けられないと察知したからギリギリで方向を軌道修正。
炸裂する火炎弾は空に向かって放たれ、直撃の余波だけで冒険者は気を失った。
全く、シューヤの師匠。
この恩はいつか返してもらうぜ?
軌道修正にアホみたいな魔力を使ったために、俺はもうヘロヘロのブヒブヒだよ。
「大丈夫……そいつは何とか生きてるよ。それよりシャーロット、俺から離れないでくれ。どうやら聡明なピクシーさんには俺達が何者であるかに気付いてしまったらしい」
俺たちと一定の距離を取ったピクシーがこちらの様子を伺っている。
敵意を叩き付けるようにして、オークの魔法使いである俺を特に睨みつけている。
そんな警戒心の強いピクシーさんの隣には訳の分からない様子のオークキングが突っ立っていた。
お疲れ様ぶひスローブ〜〜と俺に手を振っている。
やっぱりオークはオークだなあと俺は笑った。
「うぅっごめんなさい、スロウ様。何だか言っちゃいけないことまで口走っちゃった気がします」
「そうだね。思いっきり俺がドラゴンを倒したとか言ってたよね。それに最後の方はスローブじゃなくて本当の名前まで言ってたし。さーて、そんなおっちょこちょいな従者には罰が必要だよな」
サキュバス姿のシャーロットがうっと顔を下げる。
目をしょぼしょぼさせ、伺うように俺を見上げる。
一体どんな罰なんだろうと不安そうな俺の
「シャーロット。これからも危険な場所に行くことになるかもしれないけど、ずっと俺の傍にいて欲しい。皇国で食べたご飯で一番美味しかったのはやっぱり君のご飯だったからさ」
「えっ」
「これが
「わ、わかりました! ずっと傍にいます! 私はスロウ様の……従者ですから……はぅ。ってあれ、私。ご飯要員なんですか? まぁいいですけど……」
恥ずかしそうに小さく微笑む可愛いお姫様は杖を握っていない俺の左手を握ってくる。
冷たい手だけど、すぐに暖かい気持ちが伝わってきた。
不思議なもんでさ。
それだけのことで身体の奥底から力が湧いてくるんだ。
ヘロヘロのブヒブヒだった俺は大好きな君が傍にいてくれると、何でも出来るって思うんだ。
「あ、あ、あ、貴方たちは……」
おっと、ピクシーさんを無視したらいけないな。
何故なら彼女こそが今の皇国の最高権力者。
モンスターの世界を必死に纏めあげている頑張り屋さん。
でも、悲しいな。
少しは仲良くなったと思ったけど、今のピクシーさんは先程までの優しそうな彼女じゃない。
瞳にははっきりした拒絶感が写っている。
モンスターと人間。
俺たちと彼女の間には、やっぱりはっきりとした壁があるみたいだ。
「聡明なピクシーさんならもう気付いていると思うけど、俺たちはモンスターじゃなくて人間なんだ。あの空で遊んでる猫又は人間じゃないけどね。あれは……うーん、何て言うか不思議生物ってことでよろしく」
「エアリス様。何で震えてるぶひィ? あれはスローブぶひよ」
「こ……この馬鹿オーク! なんで! なんでまだ分からないのよ! あれはスローブだけど、スローブじゃなかったのよ! スローブはオークの魔法使いじゃなくて本物の魔法使い! つまり人間! スローブも……シャーロットも……人間だったのよ! 私たちは騙されてたのよ!」
何やらまだ理解していないブヒータは首を傾け、ぶひぶひ言いながら俺たちを見ている。
「……? エアリス様は可笑しいぶひィ。スローブはスローブぶひィ。別に何にも変わってないって……おいらは思うぶひィ」
エアリスははぁとため息をついて、ぶるぶると震えている。
野良猫のように警戒心マックスだ。
逃げ出したいけど、逃げ出せない、そんな様子で俺たちの一挙一動を伺っている。
エアリスが死を覚悟したあの冒険者よりも遥かに強い俺を前にしているのだから逃げられる訳がないことを十分に理解しているのだろう。
今まで信頼していたオークの魔法使いは幻想で、その本性は危険な人間だった。
信じていたのに、裏切られた。
エアリスは頭がいいから、きっと心を整理するのに必死なんだろうな。
「スロウ様……ばらしちゃっていいんですか!?」
「俺たちの正体がバレた原因の半分ぐらいはシャーロットにあると思う」
「うぅっ、ごめんなさい」
「うそうそ、怒ってないって。最終的にはバラさないといけないと思ってたし……。よし、可愛いピクシーさんに愉快なオークさん! 人間はとっても怖い生き物だ! 俺たちが仲良くなれる未来がいつか来るなんて、そんな甘い夢はとてもじゃないが言えないや! 何故かって!? この俺もとっても悪い人間だからさ! ははは! エアリスにブヒータ! そこから一歩も動くなよ!」
エアリスがビクッと固まった。
ブヒータは鼻をほじりながら、俺を見ている。
全く。
あいつは緊張感が無い奴だなあ、でもオークだから仕方ないか。
「とっても強いこの俺が皇国に来た理由はたった一つ! 人間の世界だった場所を占拠している迷惑なモンスター、つまりお前達を追い出すためだ! お前達がここにいると大きな争いの原因になることは分かりきっている! だから早急に出て行ってもらうぞモンスターッ!!」
エアリスが唇を噛んだ。
とっても強くて恐ろしい人間である俺を前にして。
やっぱり人間は信じられない、よくも騙したな。
そんな思いが伝わってくる。
瞳に涙を添えて、プルプルと震えながら、それでも負けないって俺を睨みつけている。
ああ、エアリス。
君の気持ちは痛い程分かるぜ。
だって君たちには行くべき場所がない。
危険な北方に帰りたくない、南方には居場所がない。
でもこの場所に、皇国に留まっていたらそのうち南方四大同盟に攻撃されてしまうことも十分に分かっているのだろう。
———だからアニメの中で君は死んだ。
「はっはっは! 俺はワガママでとっても悪い人間だ! だからモンスターである君たちをとある呪われた領土に追放してやろうと思う! とっても怖い場所だ! お前達にはそんな恐ろしい場所でこれからを生きてもらうぞ!」
「ぶひィ! 呪われた領地って聞くと何だかワクワクするぶひィ!」
「あぁもう! 何を言ってるのブヒータ! きっととんでもない所に決まってるわよ! きっと恐ろしい生き物がいて……ピクシーなんてメチャクチャにされちゃうんだわ! メチャクチャの、メチャクチャにされちゃうんだわ!」
「ああそうさ! とんでもない所って言うのは当たってるぜ! 何せ俺たち人間すらも恐れる魔の領域だ!」
俺は風の魔法で軽く右手の指に傷をつける。
精霊が次々と垂れる血に群がっていく。
ぶひぃ……。
疲れた身体に襲いかかるさらなる悪寒。
それでも俺はガッビーンと狼狽えるエアリスに向かって叫び続ける。
「ははは! 弱っちいお前達にはお似合いの場所だ! 拒否するなんて言わせないぜ!」
「くッ! 本当に人間は卑劣ね! いいわ! どこにだって行ってあげる! 私たちに選択肢なんて無いんだから!」
不安に揺れるピクシーと見つめ合う。
涙で濡れた瞳が俺を捉えている。
皇国で出会った責任感のあるピクシー。
あんまり話は出来なかったけど、シャーロットから聞いた話はアニメのままだった。
君はやっぱり仲間思いで、いつか来る明るい未来を夢見ている。
だから、俺は君を救ってみせるよ。
悲痛な顔をしている君に向かって、俺はきざったらしく一礼をする。
暗い未来を憂う君に見えないように顔を下げ、小さく微笑んだ。
”頑張り屋のピクシーさん。実は俺はね。君を助けるためにやってきたんだぜ?”
小さく呟いた声は、きっと君に届いてはいないだろう。
それでも、思いだけは伝えたかった。
人間が皆優しいなんて、そんな希望を君には持って欲しくない。
安易な夢に囚われて、危険な目に合うなんて可能性は極力減らしたい。
「だめに”ゃ”あ”あ”ああああああああああああああああああああああああ」
何かを察知したらしい風の大精霊さんが急いで空から落ちてくるけれど。
わり、俺もう限界なんだよ。
幾ら
ポタポタと落ちる数滴の血は地面に落ちる前に消えていく。
「やめろに”ゃ”あ”あ”あ”あ”あ”ああ”あ”あ”あ”ああああああああああああああああああ」
「グッバイ……アルトアンジュ。また後で闇の大精霊さんの力を借りて実体化させてやるつもりだから、それまでは静かにしててくれよな———」
悪寒に震えていると、隣に立つシャローットがぎゅっと俺の左腕を抱えた。
柔らかい感触と共に暖かい熱が染み渡る。
それだけでやっぱり俺は何でも出来そうな気がしてしまうのだ。
やっぱり恋の力ってのは無限大だなと思わずにはいられない。
「闇の最上級魔法———
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