第14話 第1女王 リー=ユンファ

「今回の男は役に立ちそうだ」


 ウーは果実の殻で水をすくうと、頭にぶっかけて顔を振った。

心地良い冷たさに思わず頬が緩む。

城の外。ニャム族は滝から石の城へと流れこんだ小川で水浴するのが日課である。

 水飛沫がウーから飛び散るその様子を見て、隣のシャン・カンは笑った。


「日没までだろう?」

「ああ、それまであの男が依神として女王と寝てくれれば、よし。それでいい。あの男はタオ女王に譲ってやる」

「哀れだな、ずっとパイ女王の依神としてやることはできないのか」

「そう思うがタオ女王がいるかぎり、無理だ。女王とそう約束した」


 ウーは髪をかきあげると、ため息をついた。


「タオの配下の下女にも困ったもんだ。お前にこんなに乱暴して」

「大丈夫だ、慣れている。気にするな」

「しかし、それはお前が奴らの気をたたせるようなことをするからだ。控えろ、ウー」

「承知しているが、それはどうしようもない」


 ウーは言って、木で作った水筒に口をつけて中の液体を飲み干した。

 ある樹液と果物の汁を混ぜたもので、彼女らの栄養源だ。


「そろそろ、目を開くだろう。儀式だ」


 そう言った途端、パイ女王の下女の一人が二人のもとへ駆けてきた。


「ウー!あの依神が逃げた!」

「なんだって!」


 ウーは水筒を放り投げた。


「いま、リー=ユンファの部屋にいる。訳の分からないことを言って。すぐ来てくれ!」

「わかった、タオ女王には、ばれていないな!?」

「おそらく。私たち、パイ女王の配下のものだけだ」

「よし」


 ウーは言って、その女とともに、するすると縄を上って石の城に入城すると、リー・ユンファの部屋に向かって駆け出した。

 何人もの下女とぶつかる。ある者は抱えていた水瓶を落とし、ウーに毒舌を吐いた。


「どうして逃げたんだ」

「パイ女王が外したんだ。弱っているから、哀れに見えたらしい」

「なぜ、他に誰もいなかった!」


 叫んで部屋に飛び込むのと、先に部屋にいた下女たちが声をあげるのは同時だった。


「リー・ユンファ!」


 ウーも目の前の光景に目を見開く。

 キースがユンファ女王の首に、銃を突き付けていた。


「お前、なにをする!」


 ウーは武器を取り上げていなかったことを激しく後悔した。


「答えろ!」


 キースはウーを見つけて叫んだ。


「一体、ここはどういうところだ。女だけで、なぜ男がいない。殴られるは、縛られるは……ここは男を虐待する風習でもあるのか?」


 ウーは息をのむ。


「答えろ!」


 ウーは息を吐いた。言葉が通じるとなるとこれがやっかいだ。


「お前の言うとおりだ。ここに男はいない。今はお前だけだ」

「なぜだ」

「昔からそうだ。わが一族に男は産まれない。だからお前のように男を見つけて連れてくる。子供をなすために」


 周りの女たちは目の前で交わされる二人の会話を理解できず、ウーとキースの顔を見比べる。

 キースは愕然とした。

 あの運転手から聞いた話は真実だったのだ。馬鹿げたおとぎ話だとしか思えなかったのに。実在した。

 ドラッグ並みに頭がくらくらした。キースは、頭を整理しようとウーを見つめる。


「話で聞いたことがある。捕えられた男は二度と帰ってこないんだとな。なぜだ」

「先に、女王を離せ。そうすれば、教えてやる」

「教えろ!そっちが先だ!」


 声を大きくしたとたん、めまいがしてキースは銃を落とした。

 しまった、と思うより先にウーがとびかかってきた。


「よくも!お前!」


 ウーはキースを押し倒し、床へたたきつけた。


「お前、女王になんてことを! 殺してやる!」


 ぐいぐいとキースの首を絞めつけてくる。


 くそ、この女。


 体の自由さえきけば。めまいが続く中、キースは心中で舌打ちする。


「やめろ、ウー!死んでしまう!」


 シャン・カンがあわてて止めに入る。


「殺して当然だ、こんなやつ!」

「やめろ!パイ女王の依神にするんだろう!それにどうせ、日暮れにはタオ女王に引きわたす!」


 ウーはキースから手を離した。

 キースは立て続けに咳き込んだ。頭上から自分を見下ろす女たちを見上げる。


 くそ。なんてところだ。抜け出してやる。一刻も早く。


 その時歓声に似た声が女たちから上がる。


「ユンファ!」

「リー・ユンファ様!」


 口々に叫ばれる中で、ふいにだれかが自分の上へかぶさるのを感じた。薄目にしてピントを合わせるとそれは先程自分が銃をつきつけていた老婆だった。

 老婆の落ち窪んだ目がきらきらと輝き、しぼんだ口がかすかに動いた。


『アレク…』


 と。


 そのまま老婆のしわだらけの顔が近づいてきた。


(……!)


 抵抗できず、キースはその老婆の口づけをうけることになった。


 キースは力尽きて目を閉じる。


 ここはなんてところだ。ここにいる女は全員乱暴だし、自己中心的だし、そのうえ老婆はまだ若い男に興味を示すらしい。


 すべてに疲れて、キースは意識を手放した。

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