第13話 第8女王パイ=ムーア

キースは目を覚ました。

 目を開けたとたん、白い光にめまいがした。

 同時に体の中で太鼓でもならされているかのような衝撃。

 ぐるぐる回る風景と、がんがん頭で鳴り響く音。

 この感覚は覚えがある。ドラッグをやった時だ。

 最近、これほどのは経験したことがないが。こんな感覚はうまれてはじめてドラッグをやった時か。

 キースは咳き込む。


「くそ」


 世界が回る。体が動かない。

 そのくせ、ちょっとでも動くと体の中がはげしく響くからたちうちできない。

 薄目をひらき、キースは状況を把握しようとした。あえぐ息を静めようと、整える。

 土色の壁、白い布、幾何学模様。

 だめだ、気持ち悪くてまともに物を見られない。

 今までで最悪のバッドトリップだ。


 目を閉じて、あぐねる。

いつ、やったのか。

キースは思い出そうと努める。

近頃、クスリはやっていない。シアンの顔も覚えがない。

 じゃあ、ここはどこだ。

 歓楽街じゃない。シアンの店でもない。


 片目だけもう一度開けてみると、さっきよりましだった。

 ほ、と息を吐く。自分の体質がありがたい。おそらく、ゼルダ人以外だと致死量に近いのではないか。


 身を起こそうとして、キースは眉根を寄せた。

 手の自由がきかない。背の後ろにある手を引っ張ってみると弾力性の強い縄の感覚だった。

 冗談じゃない。

 キースは息を吐き、片目のまま、自分を見下ろした。

 見慣れた制服。前あきになっており、右胸に傷が見えた。

 いつ、つけた傷か。

 見当もつかない。

 思い出せ。

 そのとき、後頭部の鈍い痛みとともに記憶がよみがえった。


 そうだ、俺はジャングルに不時着し、マフィアに追われ、密林へ飛び込んだ。

 そして、女と会って、村に案内されて……殴られた。


 息を吐く。

 情けない、油断していた。いったい何が起こったのか。

 自分を殴ったのは女だった記憶がある。

 まさか、ここはマフィアの本拠地だったのかもしれない。

 逃げたつもりが飛び込んだのか。


 耳にとびこんできたかすかなすすりなく声に、キースは声の主を探した。


 部屋のすみでこちらに背をむけている姿が見えた。背中に垂れている5つほどの三つ編みの束を見るに、少女らしい。


「きみ」


 キースは声をかけた。ずいぶんと、体は楽になっていた。

 少女は、びくり、と反応した。こっちをそっとふりかえり見る。

 たっぷりした赤色の髪。大きな丸い瞳は、黄色にちかい明るい茶色だった。

 ぽっちゃりぎみの丸顔は愛らしく、体は幼い割に発達をとげていた。

 一言でいえば、ロリータ系。その手の雑誌によく登場する典型的美少女だ。


「すまない、ほどいてくれないか」


 キースが再度声をかけると、少女は身構えてこっちを見た。

 数珠つなぎにした木の玉の装飾品がゆれてしゃらしゃらとなった。

 首に数重、三つ編みにした髪に一房づつ、垂らしてある。

 独特の装飾文化だろうか。よくこの少女に似合っており、かわいらしい。

 少女は泣きはらした赤い目をしていたが、こっちをじっと見上げた。


「あたし、こわいのよ」


 少女こと、パイ・ムーア女王はしゃくりあげながら言った。高く、人の気を引く声だ。


「痛いのは、いやなの。スー姉さんに聞いて知っているんだから。成人の時はものすごく痛いんだって。血が出るんでしょう?」


 当然ながらキースには彼女の言語がわからない。


「そのうえ、子供ができたら、もっと痛い目にあわなきゃいけないのよ。あたしは、いや。シャン・ウーはそろそろっていうけど、まだいやよ!」


 そう叫んで、ムーアはいっそう泣き出した。


「スー姉さんが言ってたわ、痛くないなんて嘘よ! 依神はまるでハチのように体を刺すんだって! 体の中を荒らしまわるって!」


 キースは訳が分からない。せきこみながら、泣きじゃくるムーアを観察する。

 まだ、12、3歳といったところか。

 いきなり泣き出すはわめくは、全然何を言っているのかわからないが、とにかく話は聞いてくれそうな年齢だ。


 さっきの女。名前は知らない。聞けばよかったと、キースは舌打ちした。


 せめて、彼女の名前をこの少女に伝えることができれば通じることができたかもしれないのに。


 さっきの女はゼルダ語を話せるのは自分を入れて二人しかいないと言っていた。

 どうやら、この少女がそうではないらしい。

 しかし、この少女が話す言葉を聞いていると母音がゼルダによく似ていた。


「君にたのみがある」


 無理だとは思いながら、キースは話しかけた。とたんに吐き気がおこり、キースは詰まる。


「あなた、病気なの?」


 泣いていたムーアがキースの様子に気づく。


「汗をかいて、苦しそうね」


 泣くのをやめ、キースを見つめる。興味を持ってくれたようだ。


「お願いだ、この縄を外してくれ」


 キースは吐き気をこらえながら、体をねじり、後ろの手首を見せた。


「たのむ」


 ムーアは丸い瞳でみつめていたが、おそるおそる言った。


「これをとってほしいの?」


 ムーアはキースの手首を見る。血が止まるかと思うくらい、きつく縛られている。


「痛そうだわ、ひどいわね」

「とってくれ」


 キースはくりかえす。


「外しても、なにもしない?」


 ムーアは言ってキースを見つめた。

 キースは背を丸めて咳き込んだ。


「何もできないわね、こんなに苦しんでちゃ」


 ムーアはぽちゃぽちゃした指を縄の結び目にのばした。


「……いいわ」

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