第12話 第6女王 タオ=ジェミリ
「こんなふうになっていたとはな」
キースは感嘆してため息をもらした。
滝の裏側を潜り抜けるとそこは洞窟になっていた。
「すべるから気をつけろ」
ウーは背中で言うと歩き出した。
ひかりごけのようなものが、あちこちで発光していた。石灰が溶け出し、ぬるぬると岩肌を覆っている。しばらくして、光が差し込んできた。
キースは目を細めた。
言葉を失う。
古城が建っていた。
暗い土色の奇妙な遺跡だ。一目で世界遺産になりそうなものだとわかる。
ところどころ穴のようにあいた窓から、人が綱をたらして下りたり、上ったりしているのが見えた。
「素晴らしい」
キースは素直にそうもらした。
もしかして、未知の部族を発見したのかもしれない。その興奮もあったが、それ以上にこの一族の異文化の空気にキースはのまれていた。
「話ができる人はいるか?」
感動が抜けきらない声でキースはつぶやく。
「いや。ここでこの言葉が通じるのは、私を入れて二人だけだ。ほかの者は話せない」
なに、とキースは彼女に視線をもどしたが、彼女の異常な雰囲気に気づく。
「どうした?」
彼女は、はりつめた表情で眉をよせていた。全身での緊張、警戒。
「変だ、なにかおかしい」
ふ、とこっちを向いた彼女が目を見開くのが見えた。
「キース! 後ろだ!」
彼女が叫んだ瞬間、後頭部に衝撃を感じる。
目の前がぼやける手前、彼女の背後の数人の女たちが彼女を羽交い絞めするのをとらえた。
********
「ねえ、みなよ、この肌の色。見たことないほど明るい色だねえ、男にしちゃ」
タオ・ジェミリがキースのあごを持ち上げて言った。
「まるで、セイラム姉さんほどの色じゃないか。きれいな造りだし、こんな美しい男は今までみたことがないよ」
と、ジェミリはにやりと笑う。
まったく、とまわりにいた女たちも同意した。
「この肌が赤く染まって腫れ上がるのを見るのはたまらなく美しいだろうねえ。想像しただけで、ぞくぞくするよ」
ジェミリはキースの耳たぶを軽くかんで、うっとりとつぶやいた。
「お前たち」
ジェミリがキースからさ、と手を引いた。キースの顔ががくりと落ちる。
「よく見つけてきたね。ほめてやる」
「いかがなさいますか」
控えていた女の一人が言った。
「それはあたしが決めることだ。口出しするんじゃないよ」
む、としてジェミリはあごをつきだした。
「皆出ていきな。あたしがひとりでやる。安心しな、種は受けてやるから」
ジェミリが笑い声を立てる中、女たちは部屋を出ていく。
「さて、と」
ジェミリはキースに向きなおった。
「見れば見るほど、いい品だね」
気を失っているキースの頬に触れる。
かげりの強い茶色の髪は湿り気をおびて、額にかかっていた。制服の下の胸から鎖骨、首のラインまでジェミリは甘噛みしながら舌を這わせる。顎まできたジェミリはキースの胸に爪を突き立てた。
キースの体が、身動きする。肌と爪の間に血がゆっくりにじむ。まわりの肌がうす桃色に染まる。
「やっぱり、いいねえ」
ジェミリは頬笑むと、そばに置いてあった木の管から白い液体を口に含んで、キースの口を開けた。そのまま唇におおいかぶさり、液体を流し込む。
口づけながら、キースの閉じられた瞼が目についた。
ひとみは、どんな色なのか。奇妙に青いひとみか、それとも淡いグリーンか。
指をやって、こじ開けようとしたとき、背後から空気をわって誰かが入ってくる音がした。
「お待ちを!タオ女王!」
タオはキースから目をはなし、面白そうに後ろの女を見つめた。
「無事だったの、シャン・ウー。しぶとい女だね」
肩を上下して息をしているウーは、ジェミリをにらみつけた。苦しそうに全身に汗をかいている。
「でも、立っているのがやっとなのじゃないかい? ふらついている」
「あなたの下女にやられるのは慣れています。今回ほどひどいのは、初めてですが」
ウーは息もたえだえに告げると、
「タオ女王。その依神に手を出すのはおやめください。わたしの発見した男だ」
背をのばし、ジェミリをまっすぐに見つめた。
タオは唇をゆがめて笑う。
「前に、いったろ。捕えた依神はすぐにあたしにまわせって」
「ええ、ですが」
ウーは整ってきた呼吸を止め、大きく息を吸い込んだ。
「依神を手に入れたら、優先されるのはつかまえた下女の所属の女王だ。これは、我らの固いルールのはずでしょう?」
「あたしに、いままでルールが通用したかい?」
ジェミリは笑う。
「……では」
ウーはジェミリの傍らのキースを見やった。
「どうせ、殺すのでしょう?」
キースはかすかに胸を上下させ息をしていた。
「殺すのなら、いつでも同じでしょう?後でもかまわないでしょう?」
「言うね。ここまではっきりいう下女はお前だけだよ」
ジェミリはウーの全身を確認するように視線を移動させる。
「本当のことでしょう? この依神は私が見つけた。パイ女王の相手には最高にふさわしい相手だ。パイ女王もそろそろ成人すべきころです。この男はその相手にちょうどいい。どうか、この男をパイ女王の依神に」
「パイがはらめばこっちにまわすってことかい?」
「いいえ、子を宿さなくても。パイ様が依神と交われば」
く、とジェミリはのどを鳴らした。
「いいだろう! パイに譲ってやるよ!」
あはは、と顔を天にむけてジェミリは高笑いした。
「……ただし、今日の日没までだ。それ以上は待たないよ。いいね」
ジェミリは言って、ウーに近づくと腹をおもむろにおさえた。う、とウーは顔をゆがめる。
「殴られたところが痛むのかい? ……ご苦労なこった」
ウーの耳元でささやき、そのまま手のひらをウーの肌の上で滑らせる。
胸の上でジェミリは爪を立てた。赤い血がにじみでる。
「はやく、連れていきな。ぐずぐずするんじゃないよ」
「……ありがとうございます」
ウーはうめくようにこたえて礼をした。
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