第10話 ゼルダにて

「ほう、じゃ、あなたはいずれ国を開放すると?」


 キルケゴール氏は卓上に足をのせながら、電話の線をいじくりまわしていた。


「いや、でもねえ、他国はそれを許しませんでしょうなあ。なかなか。いや、危険を承知とはおっしゃいますけどねえ、いまでもむずかしいんですし」


 キルケゴールは靴下を脱ぎながら続ける。


「失礼、面会時間が来たようです。ルーイ、いいかね!」


 キルケゴールは受話器をおさえて叫んでから、


「では、後日、お願いいたします」


 と電話を切った。

 キルケゴール長官はあくびをして立ち上がり、窓の前まで歩く。


「もっと、やむをえない手で来るかと思ったけどね。いやはや、あっけないなあ」


 もちろん、面会があるというのはうそだ。


「失礼します」


 ノックの音と同時に、ドアが開かれる。


「長官」


 一人の事務官は姿勢を正して一礼すると、キルケゴールに目を向けた。


「ただ今連絡が入りました。キース補佐官とルーイ秘書官の乗った飛行機が、キッドからの帰路、機体の支障により、不時着したそうです。場所は国境のジャングル付近。お二人は無事で、近隣の村で保護されたとのこと」

「本当かね?」


 のんびりした声でキルケゴールは反応する。


「災難だなあ。信じられないよ」


 その様子に、報告した事務官は驚いたようだった。


「あ、君。コーヒー頼むよ、ブラックでね」

「は、はい」


 事務官は我に返り、あわてて部屋を出る。


 なんて、非情な。ドアを閉じた後、彼は今更のようにキルケゴールの薄情さを非難した。


「運がわるいなあ、かわいそうに……」


 キルケゴールはつぶやく。


「それにしても、彼らほどサバイバルが似合わない男たちってのもおもしろいよねえ」


 彼は含み笑いをしながら、そう言った。


 *********



 昼の歓楽街、パラダイス。

 ここは、夜とはうってかわって静かだ。

 なぜなら、ここの昼は通常の真夜中と同じだからである。


「ちょっと、シアン! シアンってば!」


 ばんばん、と自室のドアをたたかれ、ふとんと一体化していたシアンは目を覚ました。


「……なんだよ」


 一切余分な肉のない美しい姿体を起き上がらせて、シアンは眉を寄せる。


「キャロル。オレが昨日、久しぶりに客の相手したことしってんだろ。うらみでもあんの?」


 あくびしながら、ドアを開けて前に立っているキャロルを見る。


「それどころじゃないのよ! ニュース、ニュースみて!」


 キャロルは化粧をしていない顔でそう訴えた。目覚めにこれはきく。

 キャロルは、シアンの腕を取ると階下へ引っ張っていく。


「ちょ、ちょっと」


 シアンは引きずられるようにして一階のテレビの前に連れて行かれる。


「服着る間ぐらい、あたえてくれてもいいんじゃない?」


 一糸もまとわぬ体でぶつぶつとシアンは文句を言うとテレビ画面を見た。


『……動物園パンダのロンロンが……』


 男性キャスターが、生まれたばかりのパンダの赤ん坊を映し出す。


「うわ、グロ。で、これを見せたいわけ?」


「ちがうちがう。アリス、別のチャンネル!」


 キャロルがせかし、テレビの前に群がっていた者たちは、あわててチャンネルを変える。つぎつぎと画面が変わる中、ようやくひとつのニュース番組に落ち着いた。


『……キッドで行われた環境会議に出席していた、外務局のキース・カイル補佐官と秘書官のルーイ・ノリス氏の搭乗した小型専用機が、ゼルダの首都セパに向かう途中、機器に支障がみられ不時着しました』


 シアンは目を見開き画面に近づく。


『情報によりますと、場所はグレートルイス、キエスタ国境付近で、二人は近くの村に保護され、パイロットともども無事だということです』


 はー、とシアンは息をはいて、テレビの前のソファーに座った。


「オレにみせたかったのは、これ? キャロル」

「そ。ひやひやしたわよ、あたしも」


 キャロルは告げる。


「ま、無事だったからよかったんじゃない? これで、事故死とかだったら、シャレになんねーよ、ほんと」


 シアンはぐしゃぐしゃと自分の髪をかき混ぜると、ミルクをとりに立ち上がった。


「びっくりして、ちびったんじゃない?」


 からかうような仲間の一人の言葉にシアンはぶっとミルクを吹き、


「ばか、オレは、そこまでね……」


 と言い返す。


「でも、泣きそうだったでしょ、愛する彼が……」

「まだ勘違いしてんの? オレはね、あいつとはそんなんじゃないってば」


 と、返しながらシアンは店の受話器をとる。


「あ、ダラス事務長。オレ、オレ。シアンだけどさ。キルケゴール長官にまわしてくれないかな……」


 その様子をみていたまわりの者たちは、忍び笑いをもらす。


「なんなのよ、あんたたち」


 不機嫌そうにシアンはみんなをにらみつける。


「別に」


 ひそひそと、みんなはシアンに聞こえないように会話する。


「やっぱりね」

「友情じゃなく、愛情よね」

「家族愛じゃない? ドミトリーの同室だったんだから」

「それは、萎えるわ」


 きゃらきゃらと、みなは二人の関係を邪推した。


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