最終話 ~空へ~

 


 ~西オルガン映画祭から二週間後  グレートルイス西部 ロイズ空港にて~




 青く晴れた高い空の日だった。

 ジミーが運転する車はグレートルイスの西部片田舎の郊外にある空港前で止まった。

 その中から下りたウーに、空港の入り口で待ち構えていたキースは近づいた。

 ウーは運転席のジミーに窓から顔を突っ込み、ゼルダ式の頬ずりを交わした後、軽くジミーに口づけた。

 そしてキースに向き直った。

 近づきあった二人は自然とお互いの手をとった。

 そして空港の中へと歩き出し次には走り出した。


 空港内に消えてゆく二人の姿を見送りながらジミーは運転席で軽くクラクションを鳴らした。――




 ――機内に乗り込んだキースとウーは、手をつないだまま後方の席へと座った。

 走ってきたため、呼吸を整えようとお互い肩で息をする。

 胸を上下させながらキースは汗ばむ手の中のウーの手を握りなおした。

 ウーがかすかに力をくわえて握り返した。

 二人とも手を離す気はしなかった。

 遠い過去、ニャム族から逃げ出す際、洞窟の中で抱き合ったときのように。――


「キース」


 一言も交わさず、前方の席を見つめていただけの二人だったが、ウーが声を発した。


「レンの子を妊娠した」


 キースは目を見開いて隣のウーに視線を移した。

 ウーも乱れた髪の体でキースを見返す。


「お前の子だ。キース」


 ゆっくりとウーは告げた。


「レンはお前が一番好きな男だろう。……だからだ」


 キースはウーの言葉を理解しようと頭の中で務めた。


 ウーが密林のニャム族という未開で全くの異文化の世界で生まれ育ったのは分かる。

 幼いころから染みついた習慣や考え方はその後の人格形成に影響を及ぼし、こちら側の世界で育った人間とは今でさえ相互理解不能の部分が……いや、というかこっちの気持ちはどうでもいいのか、この女は……!


「キース、お前が父親だ」


 キースが受け入れるものだと当然のように思って言葉を繰り返す目の前の美女。

 言葉を失って口を開いたままのキースにウーは続けた。


「お前に面倒かけると思うし、お前は嫌かもしれない。これから先、お前に迷惑をかけるだけってことは分っている。でも、それでも、許してくれるなら……これからの人生、お前と一緒にいたい」


 ウーが強くキースの手を握った。


「あたしを、お前の傍(そば)にいさせて」


 ……なにを言っているのかわかっているのか、この女は。

 人の子を孕んだ女を、はいそうですかと、ニコニコその子の父親になる役割を引き受けると思っているのか。

 人を馬鹿にしているのも程があ……。


「お前が一番好きだ、キース」


 ウーが自分が欲しくてたまらなかった言葉を吐いた。

 キースは息をのむ。

 灰色の瞳がキースだけを映した。


「お前の傍(そば)にずっといたい」






 ――キエスタの神ラミレスは、他の男の子供を産む放縦な女神ネーデをそれでも愛し続けられたのか。

 血の繋がっていない子供もろとも彼女のことを愛せるほど、それほどに彼女は美しく可愛くてたまらない存在だったのか。そんな彼女を失うことの方を、ラミレスはなによりも恐れたのか。

 不毛の愛だと感じた。


 それでも。


 キースは微笑んでウーに顔を近づけた。


 彼女が自分の傍(そば)にいてくれることが、彼には何よりも無上の喜びだったはずだ。


 そう。

 何もかも失ってしまった金の馬の主人公が、最後に残ったお姫様を手に入れて、それだけで満足したように。


 ウーの唇から唇を離したキースに、前の座席から耳障りなゼルダ語が聞こえてきた。


『最近は女性からプロポーズするのが主流なのかな、いや、最近の若者は意気地がないというか、どうしようもないな』

『しっ、貴方、聞こえますよ。声が大きいわ』


 その男女の声はキースにもウーにも聞き覚えがある声で、二人はしばし見つめあった後、あわてて立ち上がって前の座席を覗き込んだ。


「閣下!」

「母さん!」


 キースとウーの声が重なる。


「おや。誰かと思ったら、私の娘と息子」

「まあ、ウーだったの。奇遇ね」


 黒髪に茶色の瞳、ひげを剃った姿へと変わっているキルケゴール、華やかなブランドのワンピースに身を包んでコロコロと鈴の音が鳴るような声で笑っている女王(メヤナ)セイラムがそこにはいた。


「なぜ……」

「ちょうど良かった、キース。わしはキエスタ北部には縁がなくてね。どうしようかと思案していたところだ。君はかの地でいろいろとコネがあるそうじゃないか。助かる。しばらく、我々のことを頼むよ」

「いきあたりばったりなの、私もキルも。とりあえず北部に隠れましょう、て決めたんだけど。良かったわ。娘と娘婿といっしょなんて、まあなんて心強い」


 キースは、がくりと力なく座席に腰を下ろした。


「あ、それからキエスタ語も全然ご無沙汰だから、実は使えないに等しいんだよ。よろしく、キース」

「そうだわ、ウー。私にも、あとでグレートルイス語を教えてちょうだいね」


 窓の外を見ると風景が流れており、すでにキエスタ北部行の機体は動き始めていた。

 ウーが前の二人に怒ったような声でニャム語で叫んでいる。

 その言葉はキースには理解できずキースは目を閉じ、息を吐いた。


 ながい、ながい、ため息を。


 息を吐き終えたキースは数秒後、ゆっくりと目を開けて観念したように笑った。


「お供しますよ、閣下」






 ~END~






* * * * *






ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。

本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。


この話は、中学生(しかも受験期)の時に書き始めた話でございまして、最初の密林編から15年間執筆停止になっておりました。

時を経て、今ここに完結することができまして感無量です。


結局、ゼルダ国民の業病は解決せず、ゼルダは近い未来滅びますし、キエスタの内戦もしばらく続き、グレートルイスも宗教や民族の問題を抱えたままです。


割り切って生きていく強い人間の姿を描きたい、と思って書き始めたこの話でした。

(その意味では、シアンとデイーが一番割り切って生きているかな、と思いますがどうでしょうか)


これから十年後を舞台にした番外編を投稿して、SKY WORLD は本当に終了いたします。

今までありがとうございました。


※SKY WORLD 外伝 番外編集 にて投稿する予定です。


(外伝 『アネッテとギール』、童話『キエスタの昔話「金の馬」』もありますのでよろしくお願いいたします)


現在は、SKY WORLD ショートショート を不定期で連載更新しています。そちらも覗いてくださると嬉しいです。



それでは皆様、ご愛読ありがとうございました。


……この話、面白かったでしょうか?

この長い話を読んでくださった皆様から、一言でもいただけるととても嬉しいです。書き上げた甲斐があります。

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