リラとジャック
『リラとジャック』
チー・リラはあわただしさが漂うオネーギン邸内を探索していた。
重罪犯罪人が出たとかで、使用人たちは今までにない事態に慌てふためいているようだった。
キースが自分を連れてきてここで待つようにといった部屋から出て、リラは異国の建物と人間を眺めて楽しんだ。
ひんやりと心地よい石の廊下を裸足でひたひたと歩き、感触を確かめる。
磨き上げられた壁や床はなめらかで美しく、精緻に彫られた柱は興味深く、リラは目を見張りながら手で触ってそれらを確かめる。
キエスタの暑いが湿気の無いからりとした気候は、リラの身体にはあった。
この土地の気候の方が、グレートルイスよりもリラは好きだと思った。
事件が起こったこの場において、キエスタ東部から西部の衣装に着がえたリラの存在はキエスタ人にしては肌が明るいが、使用人たちにとってはそれどころではなくそう気にならないものであるらしかった。
窓の外を眺めるのに目をやったリラは、思わず目を見開いて立ち止った。
外を歩いていた彼も、こちらに気づき歩みを止めた。
「どうしたんだい、リラ。なぜ、こんなところに」
こぼれおちそうに大きく見開いた目で見上げているのは、懐かしい彼だった。
紺の衣装姿、しわが生まれた肌の顔はおどろいたような瞳のせいで幼く見え、あのころの彼のままだった。必ず迎えに来ると、約束した彼の顔と同じ。
彼と唐突に再会する予感はしていたが、こんなに早いとは思っていなかったリラは面食らった。
「もう少ししたら……君を迎えに行こうと思っていたのに」
「……待ちくたびれたの。遅すぎるんだもの」
窓辺に近づき、窓枠に手をかけながらリラは自分の腰の位置にあるジャックの顔を見下ろす。
愛して、密林から逃がした唯一の男。会いたくて、待ち過ぎた彼。
言葉を信じて待つのはいい加減飽きた。だってあれから十年以上経っている。
だから、出てきたのだ。
「ジャック……あなたの子、だめだった」
リラの言葉にジャックがかすかに身じろぎした。
「そうか」
「ごめんなさい」
リラは視線を落し地面に目をやる。
子供と二人で、彼との再会を迎えられればいいと密かに期待していた。
子供の命が喪われるのを予見していたけれども。
彼の子供が一瞬でも身に宿せるなら、それでもいいと思って彼と愛し合った日々をリラは思い出した。
「……それで、リラ」
ジャックの声にリラは記憶の淵から再び彼に視線を戻す。
「どうしたんだ……抱きついてくれないのか?」
視線の先の彼は、何か期待してるようにきらきらとした瞳で自分を見上げていた。
「ああ」
彼と別れるときにした、約束。
遠い昔、ジャックが迎えにきたときには抱きつくと自分から約束したような気がする。
積極的に彼に甘えなかった自分に不満そうだった彼に、からかい半分でした約束。
「そういえばそうだったわね」
リラは思い出して微笑むと、窓のへりに足をかけ、そのままジャックめがけて飛び下りた。
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