ターニャ
キースが看護師だと思い込んでいた女は、どうやらそうではないようだった。
再び目覚めた時、彼女が食事を持って部屋に入ってきた。
しっかりした骨格の身体には、程よく筋肉と脂肪がついており、艶のある褐色の肌はしっとりとしていた。化粧っ気はなく、黒い直毛は後ろで一つに束ねてあるだけだった。年齢は40に入っているかもしれない。美人というわけではないが、年上の円熟した女性の色気にキースは少々気後れを感じた。
彼女の体型、顔の輪郭からキエスタ南部出身者ではないと推察する。
彼女は、半袖の小花模様の綿のシャツを着ていて、白いカプリパンツを履いていた。
袖から出ている肉感的な腕と、服の上からでもわかる量感ある胸と臀部に思わず見入っていたキースは、我に返ってあわてて目をそらす。
ベッドの傍らのサイドテーブルに食事を置くと、彼女はキースが話しかける間もなく部屋を出て行った。
キースが食事を終えたころ、部屋に入ってきた彼女は空になった食器を確認すると、自分の身体を清拭しようとした。
自分でやります、と、あわてて体の節々の痛みをこらえながら起き上がったキースに、彼女はそう? とキースの身体を見下ろし意味ありげに笑った。
「あんたの服着替えさせたのは、あたし。別に恥ずかしがらなくていいのに」
ローブから今着てるパジャマに着替えさせてくれたのは、彼女だったのか。
彼女の名を聞いた。
ターニャ、と彼女は答えた。
キースが名乗ろうとするのを、ターニャは遮って言った。
「……あんたの名前が二つあるのは知ってる。どっちで、呼んでほしい?」
キースは息をのんだ後、しばらくしてからヴィンセント、と答えた。
ターニャは頷き、キースから拭き終えたタオルを受け取った。
「……ここは、どこなんですか」
礼を言い終えて、キースは聞いた。
「シェリルシティ。グレートルイスだよ。キエスタとの国境に近い街だ」
シェリルシティ。
記憶にあった。グレートルイス南西部の密林からほどなく近い地域に存在する都市だ。
昔、炭鉱で栄えた地域だ。さびれかけたが、カジノなどの娯楽施設をつくり、巻き返した。
だが今は治安の悪さで客足が遠のき、グレートルイスの南端部にある新たな娯楽の街がとって代わっていると聞いたことがある。
「あんたは、トラックに乗せられてここまでやってきた。白い粉と一緒にね」
キースの反応を楽しむように見ながら、ターニャは言った。
「運がいいんだろうね。ボスの命令であんたは解放されたんだ。……国は、あんたたちを見放したよ」
蘇る記憶に、キースは修道士たちのことを聞いた。
彼らは、どうなったのか。
ナシェと引き離されてから、自分は他の修道士とは別の車に乗せられた。
彼らのことを聞いても、兵士たちは答えようとしなかった。
何故、自分だけが助かったのか。
「知らない。来たのはあんただけ。……あたしは、ボスがあんたの面倒を見ろっていったから、みてるだけ」
腕を組みながら、ターニャはキースを観察するように見た。
「あんたの名前が二つあることだけは、聞いた。……ただのお坊さんでもなさそうだけど」
キースの顔を見つめて、鼻で笑う。
「こんなにいい男は久しぶりに見たね。修道士にはもったいないくらいの色男だ」
ターニャは言うと、食事の皿を持ち上げた。
「口にあったかい?」
キースは頷いて、礼を述べた。
豆と豚肉をケチャップソースで煮たのを米にかけたものだったが、空腹だったこともありすぐ平らげた。
しかし最近絶食していたため、負担がかかったのかすでに胃もたれを感じていた。
「よかった。……夕食は、下に下りてきて食べなよ」
ターニャは背中を見せてドアの方へと向かう。
「ボスから次の言づてが来るまでは、あんたはここにいる。せいぜい、ゆっくりしなよ」
キースはドアを開けようとするターニャに声をかけた。
「あなたのボスとは、誰です?」
ターニャは振り返って、開けたドアに手を置き、外枠にもたれてキースを見返した。
「もうわかってはいるんだろうけど……教えてあげる」
ターニャは口もとに笑みを浮かべる。
「あたしのボスはシャチだよ」
ターニャはそう答えると、部屋の外へ出て行った。
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