121話 浴室

 隣の部屋の隅で、片膝を抱えて座っていたデイーは男たちがドアを開けて出てくるのを見て立ち上がった。


「デイー」


 シャチがデイーを見て声をかけた。


「中に入って、世話してやれ」


 そういうと、シャチは皆を引き連れて出て行った。

 彼らを見送ったデイーは男たちが出た部屋のドアを開ける。


 ……部屋の中央で白い身体がうつ伏せで横たわっていた。


 デイーは上着を脱ぎながら近づく。

 起き上がろうとする彼女の肩にデイーはしゃがんで上着をかける。


「デイー」


 こちらに背を向けている彼女がつぶやいた。


「悪いけど、シャワー連れてってくれる」


 デイーが肩に手を置いて支えると、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「オレ、偏頭痛もちなんだわ。いま、かなりきてる」


 力なく言ったシアンにデイーは何も言えなかった。

 不安定に歩き出すシアンをデイーは支えながら、浴室へ連れて行った。


「ありがと」


 シアンは浴室のドアのところでそう言うと中に入った。

 デイーはドアが閉まると、ドアの横の壁にもたれた。

 カチャリ、とかすかに音がしてドアがわずかに開いた。

 ドアの隙間からシアンが顔を出してこっちを見た。


「言っとくけどデイー」


 彼女が自分の目を見つめる。


「お前、気にしなくていいからね。……オレ、これが本業だから。アルともマシュー先輩とも寝てるし」


 デイーの反応を確認して、シアンは再びドアを閉めた。

 デイーは壁にもたれたままうつむいて床を見る。

 シャワーの水音が聞こえてきた。


 ……なんで。


 デイーは泣きたくなった。


 どうして、彼女をここに連れて来てしまったんだろう。


 ふいに大きな音が浴室内でしたのに、デイーはドアを開けた。

 ガラス張りのシャワー室の中で、シャワーヘッドが床に落ち、ガラスの壁に向かって飛沫をあげていた。

 その横で吐いたらしきシアンが、うずくまって咳き込んでいた。

 デイーはガラスの戸を開け、シアンのもとに座り彼女の背を撫でた。

 シャワーから出る飛沫に服が濡れるのを感じた。


「ありがと」


 シアンは口を手で拭きながらデイーに言った。


「……こういうパターンは経験したことなくてさ。分かったよ、オレこういうのには向いてないんだわ」

「バカかよ」


 デイーは口に出していた。


「断れよ。家族(ファミリー)なんかに入るなんて」


 なんで。

 そこまで。


「オレの唯一の家族みたいな奴だから」


 シアンが蒼白気味の横顔で言った。

 デイーはシアンの肩を抱きしめた。

 濡れてる彼女に、自分が更に濡れるのを感じたが構わなかった。


 あー、頭いてえ、と彼女が耳元でささやいた。


「……女神ネーデを知ってるか」


 デイーはつぶやく。


「え、なに」

「キエスタの神だ。神になる前、人間だった彼女は好きな男を助けるために大勢の男に身体を売った」


 いきなり神の話?と、シアンが小さく笑った。


「大昔にそんな殊勝な姉さんがいたんだね。そりゃすごいや」

「ネーデは結局報われなかった。そこまでする価値がねえ男のために」


 デイーはシアンを抱く手に力を込める。


 いやあいつ価値あるよ、出来のいい男でさ、と何やらシアンがつぶやいたがそれは彼の耳には入らなかった。


「バカかよ」


 シアンの髪に頬を押し付ける。

 彼女の肩は本当に華奢で、力を入れると折れてしまいそうだった。


「そう言うなよ。……もう、いいじゃん。済んじまったことなんだし」


 シアンがデイーの腕に手を置き、顔をこっちに向けた。


「お前が居るんだから心強いよ」


 彼女はそう言って微笑む。


 

 俺が家族(ファミリー)の一員だと思ってる。


 デイーは彼女の言葉に口をつぐんだ。

 シャワーヘッドから流れ出す湯が、浴室の床に広がり始めていた。

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