第85話 日曜日
明け方、予想に反することなく彼女に手を出した。
寝ぼけている彼女に、暗示のようにリックリックと言い聞かせた結果、ついに彼女が自分の名前を口にした。
一瞬の勝利に、リックは満足して朝を迎えた。――
午前九時。
まだ眠たそうな彼女から身体を離して、リックはベッドから降りたって服を身に着け始めた。
セーターに顔を突っ込んだ彼に、見ていたウーがベッドに横になったまま声をかけた。
「そのセーターの方が、似合うでしょう?」
リックはウーが最初の日を覚えていてくれたことに驚く。
「うん。そうだね。君のいうとおりにしてよかった」
心の奥から嬉しさがこみ上げる。
「今度来たとき、外に行きましょう。あなたに似合う服、選んであげる」
ウーがいまにも瞼が落ちそうな顔でリックに言った。
「今日は、もう帰るの?」
「一度ね。午後に、また来るよ。いい話ができるかもしれないから、待ってて」
リックはコートに腕を通し靴に足を突っ込む。
「そう。じゃ、今日の昼に買い物に行きましょう」
リックがベッドに近づきウーに顔を寄せて言った。
「……もし、今日の午後、俺が来なかったら……たぶん、俺はもうここに来れないと思う」
ウーが顔だけ持ち上げた。
「どうして?」
「期限切れなんだ。もう、本土に戻らないと」
「そう」
ウーが頷いて目を閉じると、リックは彼女の頬に口を押し当てた。
やや長めの愛撫にウーが目を開けるのと同時に、リックは彼女から唇を離した。
「……じゃ、またね」
いつものようにリックは明るい青い目でそういうと部屋を出ていった。――
******
リックは自分の泊まってるホテルの暗い階段を上り始めた。
ここは西オルガンでは最下ランクのホテルのうちのひとつだ。
エレベーターはなく、階段と廊下に照明はなく、廊下の壁紙は剥がれ放題。
がらんとした部屋には、ベッドとバスタブ、トイレがそのまま置いてある。収納するところはない。カーテンはなく床はむき出しの状態だ。
5階の自分の部屋の前に来て、ドアに鍵を差し込んだリックは違和感を感じた。
ドアノブを回すとドアは開いていた。
勢いよく開いて、中を見て目を見張った。
部屋の中は、申し訳程度の荷物が全てひっかきまわされていた。
ネガを探して持っていったのは、明白だった。
早いなあ。
やっぱり、こんなもんか。
部屋の中央に立ち、周囲を見回してリックはそっと息を吐く。
そのまま、鍵をかけずに部屋を出た。
暗い螺旋階段を、音を響かせながら下りる。
腕の時計を確認すると十時半だった。
約束の時間までまだまだある。
階段を下り、ホテルの小さい出口から出たとたん、目を突き刺す外の日差しにリックは思わず顔に手をやった。
明るさに目が慣れ、細めていた目を戻した彼は、目の前に一台の車が泊まっているのに気付く。
黒い車体の磨かれた車に乗って、窓を開けてこちらを見ているのは、コーンウェルだった。
「乗らないかね」
彼の言葉にリックは頷いた。
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