第74話 オムレツ

パーティー会場からの帰り、ウーのいるホテルを訪れたリックは、ウーの部屋をノックした。

いつものようにジミーが現れるのかと思いきや、予想に反して出たのはウーだった。


「あれ? ジミーさんは?」


部屋に入り、見回すがスーツ姿の彼はいなかった。


「ジミー?」


ウーが怪訝な顔で聞く。


「あのおにーさん。スーツの」


ウーは、合点がいったように頷いた。


「……ああ、彼、ジミーっていうの。さっき、出て行ったわ。すぐ戻ってくるらしいけど」


彼の名前、知らなかったのか。

リックは衝撃を受ける。


ウーは、気にもかけずテーブルに座り直した。

食事の最中だったらしい。

テーブルには、ルームサービスの食事が並んでいる。


リックは、ソファーの上に投げ出されているドレスに気付いた。


「今日、パーティー行かなかったんだ」


「ええ。お腹が痛くなったの。熱もあったし」


ウーは、食事を再開しながら言った。


「今は、大丈夫なの?」


「ええ。治ったの」


素っ気なく答え、食欲のまま食べ進めるウーを見て、リックは彼女は出席したくなかったのかな、と思う。


「そうか、残念だな。君のドレス姿撮りたかった。不完全燃焼感たっぷりだよ。君が来れば、一番話題をさらったのに違いないのに」


リックの言葉を聞いてるのか聞いてないのか、ウーはフォークとナイフで皿の上のオムレツを切りながら言った。


「あなたも食べる? サービスを頼んだら、彼の分も二人分来ちゃって。彼……ジミーは食べないと思うわ」


テーブルの上には、二人分の食事が乗っていた。

パンに、コーンスープに、サラダ、そしてきれいにラグビーボール型をしたオムレツ。


彼女は、オムレツが大好物のようだ。

リックが以前に彼女を訪れた時も、毎回ルームサービスで必ずオムレツを頼んでいた。


「いや、お腹減ってないからいいや。……それより、チャンスだな。ジミーさんが居ない今、君を撮ってもいい?」


リックが勇んで聞くと、ウーはパンを飲み込んでから答えた。


「モデル? ……分かったわ。脱げばいいの?」


ウーの言葉にリックは少々驚く。


「いや。そういう写真でなくていいんだけど」


まあ、個人的には欲しいけど。

と、リックは心中でつぶやく。

彼女はそういうモデルを今までにしたことがあるのだろうか。


「普通にしてて。食べてていいよ。俺が勝手に撮るから」


リックはウーの前の席に座った。

彼女は、言われたとおり食べ始める。


カメラを構えるため肘をテーブルにつこうとして、リックは邪魔な目の前にあるオムレツの皿を彼女の方に寄せる。


彼女がリックの方を見た。


カシャ。


レンズ越しに見る彼女の表情に、リックはカメラから顔を離した。


「……どうかした?」


彼女はナイフとフォークを持つ手を止めたまま、ぼんやりとリックを見つめていた。


「ウー?」


「……何でもないわ」


ウーはつぶやき、視線を皿に戻すと再びナイフを動かし始めた。


またカメラのレンズを覗き込んだリックだが、彼女の表情が浮かないのに気付く。


「ウー? 撮られたくない? 嫌だったらやめるけど」


ウーが食べるのをやめて、ナイフとフォークをテーブルに置いた。


沈黙の後、うつむき加減の彼女は小さな声で言った。


「リック」


「何?」


彼女の声を聞き取ろうと、リックは身を前に乗り出す。

ウーは、聞き取れるか聞き取れないかぐらいのかすかな声で続けた。


「……この国から出る方法を知ってる……?」


彼女の灰色の目がリックを見た。

リックは目を見開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る