第40話 パウルの報告

 ケダン教会の修道院長室の中で二人の男は見つめあっていた。

 一人はファンデイム院長その人、もう一人はパウル修道士見習いである。


 ファンデイム院長はひそかに眉をひそめている。

 パウルはやや褐色の面に平然とした表情を浮かべていた。


「では、この一週間のヴィンセントの様子をまとめて話してください、パウル」


 椅子に座っていたファンデイム院長は机に肘をつき手を組んで、その上にあごをのせ目をつぶった。


「はい」


 パウルはうなずいて口を開く。


「まず、ここにきて二日目です。彼に清掃の仕方を私が指導いたしました。……慣れてないせいもあると思いますが、非常に、なんといいますかたどたどしい手つきでした。まあ害はありません。しかし、見ていた私は言葉は悪いですが……彼のケツを蹴っ飛ばしてやりたい要求にかられました。何度もです。まあ、あれは慣れるとなんとかなるレベルだと思います。私はそう判断いたしました。そして三日目、四日目ですが」


 パウルは少し間をおいてから続けた。


「厨房仕事を覚えさせるために、ソビヤンコ修道士に彼を任せました。ソビヤンコ修道士は、最初に芋の皮むきの仕事をさせたそうです。そして、それで半日が終わってしまったと。むいた芋は大きさが半分以下になってしまったそうです。……ソビヤンコ修道士が言うには、彼は丁寧ではあるがなんにせよ要領が悪い、仕事が遅すぎる、とのこと。これは私も同感です。私は元来気が短い方であり、若いころのように怒鳴る元気もない。でかい図体が厨房をウロウロしているのをみると、イライラして血圧が上がってしまいそうだ。だから彼は厨房から外してほしい、彼は厨房には向いていないから、というのがソビヤンコ修道士の結論でした。……彼の長所も付け加えてはいましたが。彼は舌だけはいいそうです。味付けだけは、彼の言うとおりにしたほうがうまくいくと。また彼が来てから、村の女性たちが食材を持って厨房の勝手口に現れる回数が増えたのはいいと言っていました。彼が来てから贈り物として賜った食材の量は、それ以前の一年間に賜った量を上回るそうです。そのわりにはヴィンセントは彼女たちに愛想がないようですが」


 ひとつ、咳払いをしてからパウルは続ける。


「五日目です。ビルケナウ、サム修道士が聖歌の担当パートを決めるために、彼に歌を歌わせたそうです。しかし、その歌が。……この世のものとは思えない歌だったそうで。阿鼻叫喚を思わせる旋律だったと。やっきになった彼らが、彼にまともな旋律を覚えさせようと猛特訓をしたそうですが、途中、畑にいて聞こえていたキャンデロロ様が怒鳴り込んできたそうです。今すぐやめさせろ、気分が悪くなる。一緒に畑にいて聴いていたドミニク様がめまいがして倒れられたとおっしゃって。そして、そのままヴィンセントを畑に引っ張っていかれました。これが五日目です。ビルケナウ様、サム様は彼は筋金入りの音痴なようだから、聖歌隊には入れない方がいいだろうとの結論を出されました」


 パウルは淡々と言葉を続ける。


「六日目ですが、草刈りをヴィンセントに命じたキャンデロロ様がふと目をはなした間に、せっかく新しく出た芽を刈ってしまったそうです。雑草との区別がつかなかったようです。……キャンデロロ様がヴィンセントの首を刈りそうな勢いだったとのことで、わたしのもとに引っ張ってきたのはドミニク様です。ドミニク様はキャンデロロ様とヴィンセントは一緒にしない方がいい、いや、そうすべきです、とおっしゃっていました」


 ファンデイム院長は黙って聞いていたが、目を開けてパウルの顔を見上げた。


「そうすると、ヴィンセントの取り柄は彼が言うとおり、語学だけだということですか」

「はい。まったくもって、彼の取り柄は語学だけです」


 パウルが同意する。

 ファンデイム院長は苦笑いした。


「一体、どんな生活を送ってきた者なんでしょう、ヴィンセントは」

「ドミニク様の話を真に受けるわけではありませんが、私もヴィンセントが貴族の末裔で王子という説があながち外れていないのではという気がしてきました」


 パウルが返す。


「育ちはいい。彼の立ち振る舞いはよくしつけられたもので間違いないでしょうからね。……しかし、困った。そうすると」


 ファンデイム修道院長は息を吐く。


「実は今朝、キャンデロロが私に意見したのです。……今すぐヴィンセントを東オルガンに帰すようにと。いえ、意見ではなく嘆願だったような気がします」


 こめかみに手をやって、ファンデイム院長は憮然とした面持ちで言った。


「彼にそれはできないと言いました。もう先方から大金を寄付してもらったからと。額を聞いて彼はおどろいていましたが、だからといってあの役立たずをここに置いておくのですかと、今度は詰め寄られてしまいました。……さて」


 ファンデイムはあきらめたように微笑んだ。


「こうなったら、彼が彼の唯一の取り柄とする才能を発揮しないと、他の修道士たちは納得しないでしょう。ドミニクがいうように学校を開きましょう。そして、わたしたちも彼にキエスタ語を学ぶことといたしましょう」

「私もそれが一番よろしいかと思います」


 パウルも同意した。


「しかし、清掃だけはきっちりとやらせます。それぐらいは身に付けさせないと」

「お願いしますね、パウル」


 ファンデイムは頷いてから、ひとつの疑問を口にした。


「それで……今日はヴィンセントはどこにいるのです」


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