『首輪物語』COLORS

硝子の靴を履けるまで。

第3話/1

  拝啓。おとうさん、おかあさん。イギリスは良いところです。こんな私なんかが居て良いのかなー、とか思っちゃうくらいに良いところです。旅行のカタログを見て思いを馳せていた場所に今、私は立っています。

 

 今日は曇り空で、なんとなく抱いていたイギリスのロンドンぽい雰囲気がまた、期待を裏切らない感じ。少し前に有名な強盗が現れた『時計塔』も見ました。道路も左側通行で、少しだけ親近感? 


 クラスメイトのミカちゃんに頼まれているお土産は何が良いかなぁ。


 また、お手紙書きますね。


 ふたりが愛してくれた娘より。




 追伸――

























「なんだか眠くなってきたよぅパトラッシュ……」


 ノートルダム大聖堂でルーベンの絵画見ながら予約キャンセルしていた天国の扉を今ならくぐれそう。あれ。あの話の舞台はフランスだったっけ。フランスパン食べたいなぁ。バケットとの差がいまいち私にはわからないや。


 とりあえず。







 おとうさん、おかあさん。娘は遠い異国の地で餓死してしまいそう。



 日本で気ままな女子高生生活やってたら絶対にないよね、餓死の危機。だって餓えないもん。飽食の時代だもん。食べるのに飽きるだなんて、そりゃあ世界中に謝って当然のことだ。



 うう。せっかくライセンス取って、私の物語はこれからだー! とか心機一転、波乱万丈な人生ドンと来い! とか意気込んでここまで来たっていうのに。波乱にしてもいきなり津波サイズはハードル高いよ。



 ヤバい。トラウマそっちのけでやけに楽しい思い出が怒涛の勢いでフラッシュバック中。


 ミカちゃん『アンタ本当に馬鹿だよね』


 うん私もそう思うよ。


 ミカちゃん『なんでいきなり外国かなぁ……』


 そこはほら、乙女の憧れってやつが!


 ミカちゃん『ミーハー』


 うんごめんなさい。


 ミカちゃん『お土産よろしく、新学期からは後輩だね』


 そんなこと言わないでよぅ。あれ? 楽しくない思い出になってる?



















 そうして私は。


 目標にも夢にも、学校の単位にすら届かないまま、独り。五ミリくらい上がってすぐに落ちる物語の幕、というしょっぱい人生を終えるのである。



 童話にたとえると、豆の木が大きくならなかったジャックか。

 ウサギが飛び込んだ穴に何の変哲も無い行き止まりしかなかった不思議の国のアリスか。

 竜巻で家が木っ端微塵になってしまったドロシーか。


 マッチが湿気ていて着火できなかった少女でもいい。


 灰を被ったままの一生を終えるシンデレラ? それは良いかもしれない。王子様が来てくれることなんて信じていないけれど、あの物語が大好きで、少しだけ私を表しているから。



 あぁでも――シンデレラぶるには、おとうさんとおかあさんは優しかったなぁ……



 ごめんなさい。限界です。どのくらいシンデレラが限界かと言うと、



「馬車にならなくて良いよ……南瓜が食べたい……」






















 



 現実は夢見がちな私には優しくなくて。













「お、綺麗な髪だな。お嬢ちゃん、俺と飯でも食わねえ?」


「わ、」



 それでも、私が夢見がちであり続けてしまう程度には、粋な計らいというものをするのであった。





――――顔を上げると、真っ赤な薔薇が咲いていた。


 そんな超ハデハデなシャツの上は、裏地が全部ファーで表は高級そうな黒染めの革のアウターで下は黒い蛇柄のパンツという、それはそれはハデハデな、うわ。銃もハデだぁ。殴っても人を殺せちゃいそうな銃を腰にぶら下げて、見た目どおりナンパなその人はナンパな台詞で私をナンパし。




 その顔を見ちゃった瞬間。私の心臓は四十五口径、特別製のカスール弾でずっきゅーん。と打ち抜かれてしまいました。


 なんだその、太陽の光を一本一本丁寧に摘み取って作ってみました、みたいな金髪! 漫画であるみたいに『命令されたら言うことなんでも絶対聞いちゃう』ような能力ありそうな金色でキレ長の眼!


 そのイケメンぶりと言ったら世界最速のガンマンの抜き打ちなんざ遅えーと神速で写メって世界最凶ハッカーが引くくらいのスピードで『ヤバいイケメンと遭遇!』とメールを一斉送信できてしまいそうなレベルである。



 四日ぶりのご飯の気配より寧ろ『私を食べて!』と餓死寸前の私が口走りそうになったから間違いない。

 言うまでもなく声をかけられた私の「わ、」とはそれである。



「立てるかい?」


 などと手を差し伸べてちゃってもう! もう!


 その血管浮き気味の細くしなやかな指は何だ! イケナイ妄想が止まらなくなっちゃうでしょ!



 お腹はぐーぐーだけど胸がいっぱい! 



 ……えー。たいへん恥ずかしいことに。



 胸はいっぱいだったけれど、お腹はぐーぐー。だったのです。



「ふは。なら決まりな。自己紹介その他もろもろは、嬢ちゃんの腹が黙ってからにすっか。行こうぜ」


 さっきまで餓えて死にそうだったのに、今はもう恥ずかしくて死にそう。そんな私を見て笑った顔は、ちょっとだけ子どもっぽくて、どれだけ反則を詰め込めばこんなチートスペックさんが出来上がるのだろうか。とか思いつつ、警戒心とかその辺は空腹とお兄さんの格好良さに全てKOされて、私はほいほいついて行ってしまったのであった。



 世の中には『しょうがない』で片付けてはいけない問題というのが、多々ある。私のを決めた事柄だってそうだし、出席して良い点を取らないと進級できない学校のシステムだってそう。



 でもこれはしょうがないよね。これから私がよくわからない人に売られちゃうとしても、これはしょうがない。無事に帰れたらちゃんと説明するから、その時はそんなに怒らないでよね、ミカちゃん。


















 で。



 言った通り、私をレストランに連れてきたお兄さんは、


「適当に頼んだから思う存分食えよな」


 と、本当に美味っっしいランチをご馳走してくれて、恥も外聞も無く盛大に食べる私に引くこともなく、エスプレッソを一口飲んで、


「俺はレオ。オフで出歩いてみるもんだなぁ、可愛いお嬢ちゃんと飯が食えた」


 そう言って煙草に火をつけたのだった。



 レオ。



 レオ様という二人称が何の審議も通さず一瞬で決まりました。



「んで? お嬢ちゃんはジャポネーゼ日本人だよな? ロンドンは旅行……って感じでもねぇし……」


 疑うというわけでもなく、単純な疑問を浮かべて、私のことを訊いてきた。



「あ、えっと、その、私は……」


「待った」


「はえ!?」


「一番最初は、名前からな? 他が言いにくいなら無理に聞かねえよ」



 うぅ。わかってたけど良い人すぎるよ、レオ様。





「えと、これ……」


 名乗るのがちょっと恥ずかしかったので、おずおずと私の名前の書かれた金属製のカードなんぞを出してみる。今の私の全て、と言っても良いカードだ。なにせ……




「へぇ。その歳で【カラーズ】なんてやってんのか。人は見かけによらねぇなぁ……名前は、ハイン? ハイン=レンゲージ?」


「あ、ハイネです。蓮花寺れんげじ、灰音。えっと、ライセンスはこないだ取ったばっかりで、なんかごめんなさい」


「謝ることねえよ。ハイネ、ハイネね。ん、ハイネ……良い名前貰ったじゃねえか」



「そっそそそそそんなに灰音灰音連呼しないでください!」


 ちょっと死んでしまう。



 こほん。そうなのだ。



 私こと、蓮花寺灰音は女子高生兼、専業賞金稼ぎ――通称【カラーズ】なのである。世界中の賞金首を捕まえて生計を立てるという、とてもアウトローでアダルティーな職業を、女子高生という時期限定ブランドでやっているスーパーガールなのだ。


 餓死しかかったけど。



「あ、で。レオ様は? その銃からすると、やっぱりカラーズを……?」



 レオ様は肩を揺らして、



「ん? 俺か? いや……仲間と『』をやってる。こんな若くて可愛いカラーズに会うのなんて初めてだよ。改めてよろしくな、ハイネのお嬢ちゃん』


 と、笑ったのだった。

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