『強盗童話』/2

Piece of Cake!

第9話/1



……うん。何度見ても立派だ。


 目の前に建つ、お城の雰囲気に裁判所と役所をブレンドしたような、古く荘厳な建物を前に。僕はそんな感想を抱く。



 開館時間前の大図書館は、まだ静かに寝息を立てている。


 電車の始発は動き始めていて、仕事に出る前、或いは途中の人々を迎えるべく、喫茶店などの一部サービス業はまず最初の掻き入れ時に合わせてシャッターを開いた。


 お花屋さんも、営業開始はまだもう少し先なのだろうけれど。シャッターを開いて、花に朝ご飯を与えている。その手に持たれたアーチ状に注がれるシャワーが、朝日を取り込んで小さな虹を作り出していた。



――そんな早起きな人は知らない、とばかりに。街は未だに眠りの中。


 けれど、あともう十五分もすれば、目覚まし時計が鳴り響き、街は雑踏で溢れかえるだろう。



 朝の弱い僕は、もう何度目かわからない欠伸をした。目尻に浮いた涙を拭って、これももう何度目かわからない愚痴を漏らす。


「……遅い」


「ねー。レオが寝坊するとか珍しいかも」


「朝帰りは少なくないけどね」



 赤い縄を携えた【CLOSE】の看板。それを大扉の前に立てた図書館をもう一度見ながら、ドロシーと本当に意味のない会話を。



……今日は、もうやめて帰ろっか。そんな提案をドロシーに打ち出そうとした、まさにその時。





「おー、り悪り。寝てた女とワンセット追加してたらこんな時間になっちまった」


「どうせなら信号で困ってたお婆さんを助けてたら、とかそういう理由にしてよ、レオ」


「嘘じゃねぇって」


「嘘でも善人ぶるレオが良かったよ、僕は」


「レオー! おっそーいー! あたし退屈で死んじゃうとこだった!」


「だーから謝ってンだろ姫。収穫はあったからそれで手打ちにしてくれ。な?」


 まったく悪びれる様子のないレオにため息をひとつ。



「……それで、収穫って?」


 おう、とレオはサングラスをジャケットの胸ポケットに差し、そのまま入っていた煙草を一本抜き出して銜える。



「坊。今日の作戦は“開館時間に合わせて突入”だったが、時間変更な。もう三十分我慢してくれ」


「……えー」


「えーっ!?」


「スズの旦那にゃもう連絡入れてあるからさ。その後は手筈通りに。んじゃ、また後でな」


 チャーオ、と手を振って踵を返すレオ。どうやら開店したお花屋さんの一番客になるつもりらしい。



 そんな早起きを強いられた僕とドロシーを置き去りに、にわかに街が騒ぎ出す。


――朝の始まり。シックなスーツに身を包んだ老紳士が、大扉の前の看板をひっくり返す。


【CLOSE】から【OPEN】へ。朝の早い客人を、大きな口で飲み込み始める大図書館。



 プランクトンを一息に食べるクジラをなんとなく連想しながら、僕は隣と目を合わせた。



「どうしよっか、カカシ」


「……カフェで一服しよう。紅茶を飲んだら、目も覚めるだろうし」


「さーんせーっ! あたし、あそこのベリータルト気になってたんだ!」


 いつも通りの笑みを浮かべるドロシーに、やっぱりため息をひとつ。



 ちらりと窺った、大図書館の扉の向こう――叡智を集めた古今東西の知識の宝庫には、出迎えには少し大げさな、けれどもよくよく考えてみれば少しの不自由で『安全』を確保できるなら当然とばかりに、金属探知のゲートが、クラシカルな建物に対し場違いな雰囲気を醸し出していた。



「……すんなり簡単、ね。どうだか」


「何か言った? カカシ」


「別に。なんでもないよ」


 朝日にいっそう煌く髪を揺らして傾ぐドロシーに、やっぱりいつも通りの返答を。



――ベリーのタルトに関しては、ドロシーならまさにすんなり簡単ピースオブケイク、なんだろうけれど。


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