第8話/Epilogue 『シンデレラ』
『チャイルド=リカー、ミリオンダラー五番【パレード】ルナを討伐』
このニュースを知らない人は居ない、と思う。
ルナにかかっていた賞金は、日本円に直すと、軽めに言って六本木に一軒家を建てられるくらい、だそう。
半ばオカルト枠のような扱いだった、正体不明の賞金首には、やはり実在を疑うレベルのお値段がかかっていたのであった。
七月二日。ニュース番組はどれにチャンネルを合わせてもその一色。
私のすることはとっくに終わってしまっていて。
魔法が解けてしまったシンデレラのように。
焚かれまくりのフラッシュ防御も兼ねてるんだなーあのサングラス。
そんな風に、テレビに映っている英雄さんの姿を、だらしないけれども教室で居眠りするような姿勢で眺めている。
イタリアのバー。ロッソ・エ・ネーロのおやつ時。
お店が開くまではあと四時間ほどあって、人気のない店内も相まって、ますます遠い出来事のように、テレビを見ている。
――まるで、自分のものという実感を得られていない、私の過去の記憶。
少し、取り戻せたのだろうか。あまり良い味はしないものだ。
(雑踏を眺める為に、雑踏を眺めている。)
かくして、私の復讐は果たされた。
ご多分に漏れず、得られたものはそんなに無い。
ルナは消え去った。
私のかつての人格は消されてしまったものなので、取り戻しようがなくて。
約束どおり、リカー様に賞金も名誉も丸ごと渡してしまったので、私は金銭的な意味でも、この件に関わったという実感がない。
確かに。
私の言葉に、皆動いてくれたのだけれど。それは、確かなことなのだろうけれど。
今回の大活劇(具体的に知りようもない詳細だけど。)を、チャイルド=リカーが自分で独自に行った、と言われても疑いを持つ人は居なさそう。
なにより、それを言われた私こそが信じてしまいそう。
――得られたもの?
知り合いが増えました。携帯のメモリにバドさんの直通番号。
――それと。夜が怖くなくなったこと。ちゃんと、眠れるようになったこと。
私の復讐は正しい、なんてカカシくんは言ったんだけど。
復讐、という原動力を使い切った私は、なんとなくこのまま人生を使い切りそうな感じです。
テレビでは相変わらずフラッシュと観衆に囲まれたリカー様がインタビューに答えている。
『リカーさん! 今後の予定について何かお聞かせください!』
『そうなぁ。随分と稼がせてもらったし、引退でもしようかねぇ』
まったく、どこまで本気で言っているんだろうか、この人は。
ぼけー。
『……もう暫くしたら一線は退きたい。面白ェ素材を見つけていてね。ソイツを育ててみたいと想っている』
今後の方針かぁ。
……私、進級できるのかなぁ。縛られるものが無くなって、見ないふりをしていた目の前の、日常的問題、という奴がCM明けみたいにどっかーんと登場。私の取り戻した人生が既にお先真っ暗とは、これどういうことだろう。
『手前様、見ているんだろう? ハイネ』
――はい?
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ」
『リカーさん! そのハイネという方は何者ですか!?』
『あぁ、今回ルナを狩るのに一役買ったっつーか、全ての黒幕っつーか。まだ真っ白な新米のカラーズなんだが、良いモンを持っている。なぁ、手前様方。愉しみじゃあないか? 【緑】も【黒】も空いちまってるカラーズの頂点に、次はどんな奴が座るのか。己がそいつを鍛えて、何処へ出しても大丈夫なように。手前様たちの前に、派手に着飾って、登場させてみせよう』
一気にざわつくテレビ画面の向こう。
「は!? えっ!? なに、なに!? なんですかこれ!? うん!? ちょっとリカー様!?」
空前絶後の引退宣言&弟子育成方針を語る現代の英雄に皆びっくり。
私はもっとびっくり。
『っつーわけで迎えに往くぜ。これから愉しいチャイルド=リカー流、最強の賞金稼ぎ育成計画、スタートだ。一気にスターダムを駆け上がれ、
――なんて未練がましく。私はそんな夢を見た。
さっさと目を覚まして、鬱々とした気分で学業に励め、私。
ミカちゃんに叱られながらノートを写させてもらうっていう辛い日常が待っている。
それでも、まぁ。
やっと、ある意味で本心からできる……『ねえねえ三組の霧条先輩って格好いいよね!』なんていう、女子高生らしい会話だって待っているんだし。
私は目を開けた。
残念ながらロッソ・エ・ネーロのフロアだった。
テレビはCMになっている。
「よう。宣言どおり迎えに来たぜ、ハイネ」
……“画面から抜け出す”とか、ずいぶんSFですね、リカー様。
私は現実を受け止めない。
「さぁさっさと往こうぜ。それとも今度は手前様の友達を己に食わせてくれるのかい」
やだ。この暴虐さ、本物のチャイルド=リカー様です。
首根っこを掴まれてずるずると店を出る私。
イタリアのモダンな町並みに溶け込むような格式の高さで停まっているリムジン一台。
夢見心地というか現実逃避気味に「お願い目を覚まして灰音。このままじゃ本当に抜け出せなくなっちゃう……!」などとのたまう私の口。
いらっしゃいませ。ようこそベルベッドルームへ。
「ハロー! お前さんがチャーリーの言ってたハイネか! オレはブラック! よろしくな!」
そこには人の良さそうで体格はばっちし良い黒人の男性と。
「ごめんハイネちゃんほんとごめん! 断りきれなかった!!」
土下座どころか五体倒置しそうなほど腰の低いバドさん。
ばたん、と格式高く閉まるドア。
嗚呼。
たすけて、弓くん。
「さぁ、これから忙しいぜ野郎ども。己は己っつー成り方しか知らんし、選べなかったからさぁ。ハイネに全部仕込もうぜ。ブラックの潜入技術から、バド直伝の情報収集能力まで。――良し、出してくれ」
走り出すリムジン。
「それに、OZの連中はプロが揃ってるだろう? FPの乗り方まで習えば良い」
なにこれこわい。
こうして、蓮花寺灰音の物語はやっと幕を下ろすと思ったら、ひどいオマケが待っていたのです。
皆様、スタッフロールのように過ぎ去る私の人生をもう少し、席を立たずにお楽しみください。
一時間目。チャイルド=リカー流、賞金の稼ぎ方。
「さぁハイネ。ここが
「わかってます!わかってますよぅ……!だって皆さん銃構えてこっち見てるじゃないですか!!」
「いいかぁハイネ。人は才能と努力で成功するんじゃねえ。境遇が最強を作り出す」
「だっだだだだからって敵の本拠地に突っ込まなくても良いじゃないですかぁー……!」
二時間目。ブラック=セブンスター流、敵地進入とその殲滅方法。
「HAHAHA。チャーリーも無茶するよなぁ。オレはレディは慎重に扱うタイプなんだ、安心してくれよハイネ!」
「……はい。ブラック先生は紳士ですね。ところでこれは何ですか?」
「このビルは電源の制御装置がこの地下二階にあるのな。で、このコードをバツン、と切ると。 ハイネ、何が見える?」
「何も見えなくなりました」
「OK。じゃあ始めよう。クールにな、ハイネ。温度、息遣い、空間の感触、匂い。全部を“観る”のが大事だぜ」
(帰りたい……)
三時間目。バドさんと情報収集。
「なんてのは名目にしとこーね! いや実際、リカーもブラックも無茶させすぎっしょ! あ、はいコーヒー。聞いてくれよ! あいつらオレのこと何だと思ってるんだよマジファック!!」
「ですです! 鬼か何かですよねお師匠様とか! あの人本当に人間の血が流れてるんですかね? カラーズの養成校だってこんなスパルタじゃなかったですよぅ!」
息抜きもしたり。
四時間目。私は空に。
「だいじょーぶだよ、ハーイネっ! 空を飛ぶのって、すっごい楽しいんだから!」
にぱーっと笑うドロシーちゃん。うう。何度見てもこの子の笑顔は可愛いなぁ。
思わず「うん」と言いたくなるんだけど。
ここが上空、五百メートルでさえなかったら。
「むり!むりむりむりむりむり!! こんなの死んじゃう! 死んじゃうよドロシーちゃん! カカシくん助けて! レイチェルさんでもいいから助けて!!」
「Pi。マイスター。空を飛ぶための条件を」
「ハイネ、楽しいことを考えて。ほら、ハイネは怖がっていても、身体が竦まないんだ。FP乗りには向いているよ」
むりむりむりむりむり死んじゃう。
「ねーハイネっ! ハイネがもーっと上達したら、あたしと一緒に飛ぼう? 二人でぎゅーーーーんって! あの雲の向こうまでっ!」
それは、ちょっとしたロマンです。
あ、そう考えると、その未来も……努力で手に入れられるのだったら。
そんな私の心の揺らぎを正確にキャッチする三人。
私は真っ赤な飛行機から投げ出された。
だいぶ、とぅー、ぶるー。
「いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
――私が生きる世界はほんとうに球体なんだなぁ、と。
バサバサ羽ばたく、弓くんのパーカーを抱きしめるようにしながら。最大開放されたパノラマに想う。
「ハーイネっ! 手、広げてっ!」
こう! と満面の笑みで空を走りながら隣で両手を広げるドロシーちゃん。
私はそんな風に、とてもじゃ、いいえ。とても笑えません。
……でも。
――私を連れ去ったリムジンの中で、
『……ハイネ。二年だ。それまでに手前様がモノにならなければ、己はOZを狩る』
…………。
『それが嫌なら、何が何でも手前様がカラーズの頂点……己と同じ色つきになって、宣言しろ』
…………。
『ミリオンダラーの二番【大強盗】OZは、私の獲物です、ってな。それだけで他の
…………。
私は、おっかなびっくり。ビビリな蓮花寺らしく。たったこれだけのことにも、勇気を総動員して、手を広げる。
『――ひとつ、<チェス>の連中の話を聞かせてやろう。“女王不在の王国騎士団”。アレは、イングリッドの野郎が、イギリス人ならではのキザったらしい紳士主義で公言したことだ。『女王を戦場に駆り出すなんてのは、男のすることじゃあない』ってな。まったく、莫迦な野郎だよ。――手前様でも知っているだろう? クイーンはチェスの最強の駒だ。何処までも進められ、何処にでも舞い戻れる。ルナをおびき出すのに、手前様は女王を名乗った。ならハイネ――そういう手前様に、なれ』
――――はい。
そういう私に、なります。
左の親指に嵌めた、私の一番大事な思い出。弓くんよりもずっと細い私の指で、ここだけがぴったりだった。
うん。
「そうっ! その調子っ! ほらハイネ、見て見てっ! 朝日が昇るよっ!」
――この光景を、私はずっと、忘れない。
一年かけて、私は過去にケリを付けた。
――だから次は、払いの良い
その後の私がどうなったか。それはまたいつか、お聞かせできる日を楽しみに待っていてください。
/『シンデレラ=エンゲージ』 完
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