番外編
第1話 ニヤミス
「健作さま、本日もご登場頂きましてありがとうございます。」
健作はボーディングブリッジを進んで、機内に入ると、乗客の迎え入れをしていたチーフパーサーから声をかけられた。
「あっ、貴女は先日のフライトの時の・・・」
「はい、先日もご搭乗頂きましてありがとうございました。
本日は、先日おめしになってらっしゃった制服と違いますが、今回もお仕事でらっしゃいますか?」
「ええ、今回も仕事・・・というか、奉仕というか・・・」
「本日のフライトも、瀬戸内海が綺麗にご覧になられると良いですね。
短い時間ではありますが、空の旅をお楽しみください。」
「ありがとう。」
声をかけてきたのは、先日も搭乗した羽田・宇部山口便で、瀬戸内海を色々説明してくれたチーフパーサーだった。
健作は、機内の通路を後の方に進むと、左翼やや後方の窓側の席に座った。
定刻通り羽田を離陸すると、機体は西へと進路を取る。
ベルト着用のサインが消えると、ほどなくして健作の席にチーフパーサーがやってきた。
「おしぼりをどうぞ。」
チーフパーサーは、温められたおしぼりを差し出すと続けた。
「今日は残念ながら、雲がかかっていて瀬戸内海の島々は観られないかもしれませんね。」
「ええ、楽しみにしてきたんですけど。
(ん・・・、エコノミーにおしぼりのサービスなんかあったかなぁ!?)」
機内は比較的空いていたせいか、健作の前後や右手に、他の乗客の姿は見当たらなかった。
チーフパーサーが立ち去り、機内サービスが始まると、健作はホットコーヒーを頼み、鞄から書類を取り出してコーヒーを飲みながら、今日の会議での検討事項を検証し始めた。
しばらくして窓の外を見ると、翼の直ぐ下にはまるで手を伸ばせばすくえるのではないかと思うほどの近さに、雲海が広がっている。
ふと気がつくと、窓にプリズムを通して見たような七色の光が写っている。
「何かの光が反射してるのかなぁ。
・・・えっ、あれはひょっとして虹!?」
よく見ると、それは雲海の彼方に虹が出ているのだった。
そこに再びチーフパーサーがやってくると、健作に話しかけてきた。
「やはり瀬戸内海は見ることが出来ませんでしたね。」
「ええ、でもとっても素敵なものが見られますよ!」
健作はチーフパーサーに窓の外を見るように促すと、健作の顔のすぐ傍に顔を近づけて窓の外を覗き込んだ。
思いもかけない急な接近に、健作は思わず頭をヘッドレストに押し付けて息を飲んだ。
「わぁっ、珍しい!」
と声をあげると、チーフパーサーは健作に顔を向けた。
チーフパーサーも、思いがけない近さに健作の顔があることに驚いて、身体を引き起こした。
「あっ、大変失礼いたしました。何分こんな貴重な景色を見られるのは、めったに無いことですので。」
健作は、ちょっと顔を赤らめると、忘れていた息を、フーッと吐き出した。
「あっ、いや、こちらこそ。
こんな素敵な景色が見られて、ラッキーです。」
二人は顔を見合わせると、どちらからともなく微笑んだ。
健作は、早鐘を打つように高まった鼓動が落ち着いてくると、再び口を開いた。
「7月には、このルートをJEEPで走る予定なんです。」
「えっ、JEEPにお乗りなんですか!?
私JEEPが大好きなんです。」
「女性の方がJEEPが好きだなんて、珍しいですね!」
「ええ、JEEPが好きだと言うと、よくそう言われます。
健作さまは、JEEPの何処がお好き何ですか?」
「えっ、何処が好きかと言われても・・・」
「そう、そうなんです。JEEPが好きなことに、理屈なんか要らないんです!」
「ははは、確かにおっしゃる通りですね。
あの・・・」
健作は一瞬躊躇したが、意を決すると続けた。
「9月の終わりに熱海でクラシックカーのイベントがあるんです。
そのイベントに僕のJEEPを出すんですが、よろしかったら見に来ませんか?」
「えっ、クラシックカーのイベントに出されるって、いったいどんなJEEPをお持ち何ですか!?
仕事の都合がつけば、是非とも見に行きたいと思います。」
「それじゃあイベントの詳細は、あとでご連絡しますので、一度このアドレスにメールしてください。」
健作はそう言うと搭乗券の余白にアドレスを書いて、チーフパーサーに渡した。
チーフパーサーは紙片を受け取ると、会釈して立ち去った。
やがて飛行機が山口宇部空港に到着して席を立つと、出口にチーフパーサーの姿は見当たらなかった。
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