第12話 水平線
4人はバスを降りると、駐車場の先に続く土産物屋の間を灯台へと向かった。
途中何軒か店先に大きな生け簀を置いて、地物の魚が泳いでいる。
サザエが網袋に入れられて、海水に付けられているのを典子は見つけると、駆け寄った。
「先輩! ここのサザエは角が付いていますよね。角の付いているさざえと、付いていないサザエの違いってご存知ですか?」
一斉に皆覗き込むと、修が顔を上げて答えた。
「典子さん、そりゃぁ決まってるじゃん! 角のあるのが雄、無いのが雌だよ。」
智子も覗き込んでつぶやいた。
「えー、そんな簡単な違いかなぁ?」
覗き込んでいた健作も、お手上げという表情をして顔をあげて言った。
「典子さん、降参。 答え教えて!」
「へへ、サザエの角の有無は雌雄の違いではありません。波の穏やかなところで育ったサザエは角がなく、波の荒い海で育ったサザエは角があるんです。角のあるサザエを波の穏やかに海に連れて行くと、角は次第になくなってしまうんですよ。きっと、流されないように考えられているんでしょうね。」
「へ~、さすが海人(うみんちゅ)典子さん。」
健作は感心したように典子を覗き込んで続けた。
「典子さん、沖縄でもサザエは採れるの?」
「はい、沖縄では内地のサザエとちょっと違う種類で、チョウセンサザエが採れます。沖縄の方言で『マーンナ』といって、味は濃厚で美味しいんですよ。」
「今度うちのマスターに言って、沖縄料理作ってもらおうかな。」
智子は遠くを見つめるように言った。
周りをきょろきょろしていた修は突然健作を小突いた。
「そうそう、健作! お前の言ったタカアシガニはどこにいるんだい?」
「ああ、子供の頃来たときは、この生簀にうじゃうじゃいたんだけどなぁ・・・」
店先の話し声を聞きつけて、奥から店主のオヤジが白い上着を着て出てきた。
「もうここ十数年水揚げが少なくなってねぇ。昔は兄さんの言うようにたくさん採れたんだがなぁ。」
「なぁんだ、そうなんだ。残念だなぁ。」
修は恨めしそうに水槽をのぞきこんだ。
「どうしても食べたいかい? ちっと待ってな。」
オヤジは携帯を取り出すと電話をかけだした。
「おお、うんうん、そうかいそうかい。じゃあ後でな。」
携帯をズボンのポケットにしまうと健作たちに言った。
「今朝の漁で少し水揚げがあったみたいだ。手に入るかどうか分からねぇけど、ちょっくら漁港まで行って来っから、そこら辺散歩して帰りにでも寄ってくんな!」
と言い放ちカブにまたがると、エンジンをかけるや走り去った。
「おっと、忙しいオヤジさんね。」
智子はくすくすと笑うと、つられてみんな微笑んだ。
「さぁ、ちょっと灯台まで行ってみよう。」
健作の言葉に一同は岩場を登り始めた。
「おー、水平線が見えるぞー!!」
修は叫ぶと、残りの数メートルを駆け上がった。
明るい日差しに海面はキラキラと輝き、遠くには米粒のような船が浮かんでいる。
潮風に吹かれながら4人は並んで立った。
典子は両手を上に上げて伸びをすると、気持ちよさそうに言った。
「アー気持ちいい。やっぱり海は最高! 潜りたくなっちゃった!」
「ノリはいいなぁ、沖縄育ちで。私沖縄行きたくなっちゃった。」
「トモちゃん、沖縄の海は綺麗だよ~。ここの海も意外と水が澄んでいるんでちょっと驚き。
でもね、沖縄はここと違って、砂浜は珊瑚砂だから真っ白。そして、潮が引いた後のタイドプールで遊ぶだけでも楽しいよ。」
修は怪訝そうな顔をして典子に訊いた。
「『タイドプール』って何?」
「あっ、タイドプールって、潮溜まりのことです。さんご礁で潮が引くと、あちこちに海水が残って水溜りが出来るの。そこには結構魚なんかがいて、網で簡単にすくえるんですよ。」
健作は、目を輝かせて典子を覗き込んだ。
「へ~、そんな話を聞くと、沖縄って理想郷みたい。」
「沖縄では、遠く東の彼方に『ニライカナイ』っていう理想郷があって、魂はニライカナイからやってきて、ニライカナイに帰るといわれています。」
「じゃあ、本土のニライカナイが沖縄で、沖縄のニライカナイは東の彼方だ!」
と修がおどけた調子で言った。
穏やかな陽光に包まれると、ちょと冷たい潮風がむしろ心地よくほてった顔を冷やしてくれる。
しばらく4人は潮風に吹かれながら、ぶらぶら歩いた。
修は灯台の後ろの海のよく見えるところに4人を引っ張っていった。
「なあ、皆で記念撮影しようぜ!」
「ああ、そうだな。携帯しかないけど・・・
じゃあまず修、智子さんと一緒に撮ってやるよ。智子さん、入って!!」
「はぁーい。」
智子は修にぴったり寄り添うと、修はびっくりしたようにちょっと離れて顔を赤くした。
「こら、修! ちゃんとしろよ。ほら修、智子さんの肩に手を乗せて! いいよね智子さん。」
「はい、どうぞ修さん。」
智子はにっこり笑うと、修は恐る恐る右手を智子の肩に回した。
「はい、チーズ!!」
「おーし、今度は健作と典子さんの番だ。」
修は見違えるように生き生きとして嬉しそうに言った。
健作と典子は、入れ替わって立つと典子はそっと健作の手を握った。
あまりにも自然だったので、健作に全く違和感はなく、一瞬何が起こったのかわからなかったが、典子の暖かさが伝わってくると、思わず典子の顔を見た。
典子はおかしそうに微笑んで健作を見つめ返すと、健作は自分の顔が赤くなるのが分かるくらい顔がほてった。
「よーし、いくよ。はい、チーズ!!」
そこにさっきの料理屋のオヤジがやってくると、
「よし4人で並びなさい。俺が撮ってやろう。」
4人が並んだところをパチリとすると、にこにこ笑いながら言った。
「いいのが1杯入ったよ。」
修はびっくりしたように言った。
「えっ、俺達1匹でいいですよ。イッパイあったって食べきれない。」
修以外のみんなは顔を見合わせると、大声で笑った。
智子は、笑いながら修の耳元でそっと言った。
「修さん、カニの数え方は、1匹、2匹ともいうけど普通は1杯、2杯って数えるのよ。」
修はけろっとして、言い放った。
「なぁーんだ、別に間違えたわけじゃないじゃん。さぁ、うまいもの喰いに行こうぜ。」
みんな目から涙を出しながら笑っている。
「修、お前良いキャラしてるぜ。さぁ、行こうか!」
4人は、オヤジさんの後について店に向かった。
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