第6話 電 話
直美は店を閉めて片づけが終わると、いつものようにピークワンとパーコレーターを取り出して、コーヒーを入れ始めた。
厨房の照明は消され、薄暗い店内は、蛍光灯が一つしか点いていない。
遅番だった妙子は直美と向かうように座った。
「直美ちゃんの淹れてくれるコーヒーは、香りが高くておいしいんだよね。」
「あら妙子さん、ありがとう。」
ピークワンに火を付けて火力が安定すると、コーヒーと水をセットしたパーコレーターを載せた。
程なくポコポコと音が聞こえ出すと、蓋のつまみのガラスに褐色の液体が吹き上がり、いい香りが広がる。
直美は、マグカップにコーヒーを注ぐと、妙子に差し出した。
「妙子さん、はいどうぞ。」
「うん、ありがとう。」
直美はコーヒーを一口飲むと、大きく息を吐き出した。
「直美ちゃん、どうしたの? どこか調子でも悪いのかい!?」
「えっ、いいえ、そんなこと無いわよ。」
「なんか心ここに在らずって感じじゃない。」
直美はエプロンのポケットからスマホを取り出すと、机の上に置いた。
「健作さん、今頃どこを走ってるのかな。」
直美はぼそっと呟いた。
「そっかぁ、直美ちゃんあんた、恋わずらいね!?」
「ええっ、そんなんじゃないよ。ただ、健作さんが電話するって言ってたのに、昨日はかかってこなかったから、ちょっと心配してただけ。」
「はいはい、わかりました。それじゃぁ私、帰るわね。」
「うん、お疲れ様。また明日もお願いね。」
妙子はかばんを手に取ると出て行った。
直美は一人になると、ぼーっとスマホを見つめていた。
何分くらいそうしていただろう、コーヒーが冷めてしまったことに気がつくと、大きく息を吐き出した。
「さて、そろそろ帰ろうかな。」
立ち上がろうとすると、突然スマホがプルプル振動して鳴り出した。
一瞬びっくりしたが、すぐに気を取り直してスマホを取り上げて電話番号を見ると、帯広の市外局番の電話からだった。
通話ボタンを押すと、元気な声がスマホから飛び出してきた。
「直美さん!? こんばんは、健作です!」
「健作さんこんばんは、直美です。」
「昨日は網走でビールを飲み過ぎて、気がついたら夜中になっちゃって。」
「健作さん、今日は帯広なんですか?」
「あれ、直美さんよくわかったね。今帯広の北海道ホテルに着いて、ぶらぶら帯広駅まで歩いてきて、食事したところなんだ。」
「市外局番が帯広だったから、そう思ったんだよ。北海道のドライブはどう?」
「うん、色々ハプニングはあったけど、とっても素敵なドライブになったよ。
ところで、明日はいよいよ苫小牧からフェリーに乗って帰る日なんだけど、帯広から苫小牧まで、どうやって行ったらいいかな?」
「そうねぇ・・・一番早くて簡単なのは、帯広から道東道で札幌にでて、道央道で苫小牧かな。それだと3時間かからないくらいね。
「なるほど、それじゃあちょっと早すぎるかな。襟裳岬周りで海岸沿いに苫小牧まで行くのはどうかな?」
「それだと逆に時間かかりすぎるわね。国道236号で、襟裳岬の付け根をショートカットしてくるといいかも。
私のお勧めは、帯広から国道36号で狩勝峠を越えて富良野に出ると、道央道で苫小牧まで下ってくるのはどうかしら。狩勝峠からの眺めはなかなかのものよ。」
「なるほど、それじゃぁ明日は9時くらいにホテルをでて、狩勝峠経由でそちらに向かおうかな。2時から3時頃に着いたら、お客さんも一段落してるでしょう?」
「そうね、それくらいだったら大丈夫よ。」
「了解しました! それじゃあまた明日。おやすみなさい。」
「運転気をつけてね。おやすみなさい。」
直美は電話を切ると、暖かいものが身体の中に湧き上がってきたことに気がついて、誰もいないのに、顔を赤らめた。
そこで直美はあることを思いつくと、自分のスマホを取り上げて妙子に電話した。
「妙子さん、ごめんね遅い時間に。明日なんだけどさ、朝10時に千歳まで行ってくるから、開店準備悪いけどおねがいしてもいいかなぁ?」
「えっ、どうしたの急に。私はかまわないわよ。」
「ありがとう、じゃぁ今晩のうちに準備できることはしておくから。それじゃあおやすみなさい。」
直美は電話を切ると、一度消した厨房の電気を点けて、明日の開店準備を始めた。
学生街の四季 駅員3 @kotarobs
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