第56話 眠る少女
俺は今、Aランクの依頼の仕事でグレープ殿という、あのルディアナ商人組会本部の幹部の方の護衛を、Dランクの不思議な赤髪の少女、アリムという娘と共にしている。
今は深夜だ。アリムもグレープ殿含め、今、操縦している御者と俺以外は皆、寝てしまっている。
俺もそろそろ寝よう。
御者に何か異常があったらすぐに俺に言うようにきかせ、寝具に着替え、部屋に入る。
この馬車は凄い。流石は王都一の商人組会の幹部と言ったところか。マジックルームの馬車なのだ。
中は部屋やキッチン、便所まで付いている。
俺が割り当てられた部屋は、アリムという少女との相部屋。
女子が男と相部屋だなんて、普通は嫌がるのだが、この少女はなんら気にしてない様子だった。
初対面の俺を信用してくれたのだ。いい娘である。
それにしてもこの娘は変わっている。
料理も解体も持っている冒険者となるとかなり限られる。それに、女の冒険者はこのような他の冒険者との合同の仕事を嫌がる者が多い傾向にあるのだ。
さらに、あの料理の腕前、解体技術、どれも他の冒険者どころか専門職の者達すら大幅に圧倒している。
グレープ殿曰く、料理の腕前はアナズム一と言ってもいいらしい。
でもこの娘、未だ齢は12。本来ならば、正式な冒険者になれるのは14からだ。さらには登録5日でDという速さ。
これらの要素、全てが明らかに異常だ。
もしかしたら、今年中にはAランクにでもなっているかもしれん。
アリムにはできる。そんな気がするのだ。
それに、この娘は俺が今まで見てきた女子の中でも、群を抜いて可憐である。
そのことをついつい、本人の目の前で口にしてしまったのは失敗だったか?
いや、嬉しいそうだったではないか。そこまで気にする必要がない気がする。
俺は、女にはそのような、見た目に関する思考はしないと思っていたんだがな。
アリムはどこまで、驚かせてくれるのやら。
…………それにしても、肌がスベスベて触り心地が良さそうだ。
ちょっと、ムニっとしてみるぐらいなら……。
いや、いかん。この娘は俺を信用して一緒の部屋で良いと言ってくれたのだ。
俺がこんなんでどうする?
気をしっかりさせなければ。おかしな誘惑に負けたらいけない。
もう、もう、寝てしまおう。
「ん……うぅ……____だ……」
しまった、起こしてしまったか? アリムが何か言った。
起こしてしまったわけではないようだ。
「____だ____ない______お____さん___おと____ん____ミカ____」
寝言か。
……それにしても随分うなされている。
とても苦しそうだ。
かと言っても、寝言は至極小さな、か細い声で発せられているため、眠るには気にならないとは思うが……。
なんと言っているかがきになる。失礼かもしれないが、聞き耳を立ててみた。
意識を集中させればそこそこ内容は汲み取れたのだが……。
「嫌だ…死にたくない…死にたくない……お母さん…お父さん…カナタ……ごめんな…もう…オレ…痛い……苦しい……ミカ……はなれたくない……死にたくなかった……もどりたい………もっと……もっと……一緒に……ミカ………」
…………………………。
俺らと話している時に、あんなにも明るくしていた。可愛らしく振る舞い、元気を与えてくれた。
そんなアリムがこれだ。辛い過去を背負っているのだろう。
住んでいた場所が、強大な魔物にでも襲われたのだろうか…。
実を言うと、俺は騎士の家の出だ。
次男坊ゆえ、家業は兄が継ぎ、俺は生きるために冒険者をしている身。
騎士としての血筋のお陰か、槍の扱いには長けている。
だから、このAランクという地位に着けた。
俺はずっと、次男として生まれた俺を不幸だと考えていた。
兄と俺では、両親の扱いには差があったからな。
それでも、やはり兄にも両親にも愛されてはいた。こう考えると、俺は相当、幸福なのだ。
しかし、この少女アリムは……。この寝言から推測するに、もう親も…カナタ、ミカと言ったか、おそらく兄弟なのだろう、その兄弟にも、もう会えない身なのかもしれない。
この齢で、この小さな身体に、どれほどの苦しみが詰まっているのか。
もしかしたら、生きるのに必死であるために、あのようにスキル…技術が秀でているのやもしれぬ。
俺だったら、とてもではないが、 元気に過ごすなんて無理だろう。
この娘は強い。否、強く生きて欲しい。
俺はそう願う。
「あれ……ガバイナしゃん……おきてたんですかぁ……?」
アリムが起きた。先程のあの寝言のことは覚えてないらしい。俺はその問いに答えてやる。
「そうだ。今から寝るところだ。アリム、起こしてしまったのか?」
「いえ…違います……あの……その……」
モジモジしている。可愛いと思ってしまった。
多分、便所だろう。言わせるのは可哀想だ。
「いや、言わなくてもいい。おやすみ。」
俺はアリムの赤い髪をそっと撫でてやる。このくらいなら許されるだろう。
少女は微笑む。
「えへへ…ガバイナさん、おやすみなさぁい…」
そう言って、部屋を出て行った。
もしかしたら、寝ないと、あの少女に心配をかけてしまうかもしれない。
寝なければ。
そっと、寝床に横になり、目を閉じ俺はこう思う。
「願わくば、あの少女にのこれからが、幸多き人生であらんことを」
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