俺達のハロウィン前夜 (翔)
「ねぇ、ショー。前からちょっと思ってたんだけどさ」
「なんだ?」
部屋からドア越しに、リルが話しかけてきた。着替えているような、ガサゴソと布の擦れる音も一緒に聞こえる。
「ハロウィンってジャパニーズお盆なんだよね。西洋のお盆を何で日本でやるのかな」
「さあなぁ」
「まあ楽しいからいいんだけど……よし」
明日は佐奈田の家でハロウィンパーティをするんだ……事情を知らない側からみりゃ、受験生だってのに気楽なもんだよな。
とりあえずそういうわけだから、どんな仮装をしていくかを俺達二人は決めているところなんだ。
親の影響で芸能界にも顔が通る佐奈田の開くパーティだからな、そのかなり広い交友関係からどんな人物が来るかわかったもんじゃないのがコワイところだが……。
「しょーじきこれでほぼ決まりかな。ショー、みてよー」
「おう」
自分の部屋から出てきたリルは、いつものリルだった。ぱっと見、どこを仮装しているかわからない……いや、違う。
それは少なくとも、俺達の間だけでの話だろう。リルの頭には三つ目の四つ目の耳が、尻には尻尾が生えているんだ。
あまりにリアル。それもそのはず、本人の一部なのだから。
「なんだ、やっぱり自然体で行くのか」
「わふー、特殊メイクとかも考えたけどね……私は生まれながらのリアル狼女なんだ、もうこのままでいいやと思ってね。服装だけはそれっぽいようにしたんだ」
「ま、それが一番だな」
去年、俺達仲間内だけで同時期に仮装大会やった時も、そこまで凝ったりはしなかったからな。
目立ちすぎたりもしないだろうし、無難でいいだろう。凝り始めたら魔法とか使いたくなるだろうしな。
ははは、まさか誰もリルの狼耳や尻尾が本物だとは思うまい。
「ショーも、今年も去年みたいにフランケンシュタインにするのかい?」
「ああ、せっかくの筋肉だからな」
「そうだね、せっかくの筋肉だもんね!」
リルはニコニコしながら俺の右上腕二頭筋に抱きついてきた。
狼男(女)の毛を再現している、ふさふさのマフラーがくすぐったい。
自分で言うのは何だが、筋骨隆々で少し人間離れした筋肉をもつ男……それに抱きついてる狼耳の生えた少女というシュチュエーションはまさにハロウィンって感じがして悪く無い。
窓ガラスに映った自分達の姿を見て、思わずそう感じたぜ。
「さて、ショー。このまま私の部屋の中に入るんだ。ここからが私にとっての本題なんだよ」
「……どうせいつもみたいに露出の多い格好でイチャつきたいんだろ?」
「わふわふー、その通りさ。さすが、よくわかったね!」
「彼氏だからな」
「わふぅ……っ!」
去年も……いや、なんらかのイベント毎にそうだからな、わかるに決まっている。有夢から美花と二人でなんか相談してるって聞いてたしな。あー、となると、向こうも向こうで同じ状況になってそうだ。お互い大変だぜ。
リルと美花って、こういう点に関してはやけに感性が似てるんだよな。
「で、何から見たい? マミーにサキュバス、人魚にバニー……色々用意してるよ!」
とても十七歳の少女とは思えないような力で引っ張られ、俺はリルの部屋の中に入れられた。てか、ステータス使っただろ……。どうやら逃れられないみてーだ。
提案されたラインナップもどうにも穏やかじゃないものばかり。
もういつも通り諦めるしか無いみたいだな。なんにせよ、こんな嬉しそうな顔で尻尾振ってるリルの誘いを、鼻からことわるつもりも無いしな。
「どれがオススメなんだ?」
「うーん、サキュバスかな! わふわふ、そのまま私がショーを押し倒してもいいならねっ」
「やっぱりその選択肢はそういう魂胆なんだな。じゃあマミーからで」
「わふー、いいよ。じゃあまず全身包帯だらけになるところから……」
そう言ってリルは着ていたもんを全部脱ぎ去ると、目の前で俺だけのために仮装をし始めた。
一体どこの誰なんだろうな、痴女みたいな格好になると宣言した上で、さらに目の前で着替えるとかいう変な趣味教えたやつは。
まあ……その……やっぱ、悪い気はしないんだがな、正直なところ。
◆◆◆
「わふー……ここまで付き合ってくれてありがと」
「まあな」
リルはどう考えても外を歩けない格好のまま、満足げな表情で俺にもたれかかってきた。どうやらやりたかったことをやりきれたようだ。
「どれが一番良かった?」
「狼女だな」
「わふー、普段の私じゃないか。えへへ」
少し俺にしてはクサい台詞だっただろうか。でも言われた本人は嬉しそうだな。
「あ! ハロウィンの仮装なのに大事なこと言うの忘れてたよ」
「なんだ?」
「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃイタズラするよ! で、ショーは今お菓子持ってないからイタズラし放題だね? わっふっふ」
「ああ、ほら……飴だ」
こんなこともあろうかと、懐に忍ばせて置いたものを手のひらに乗せ、リルに差し出す。
おそらくこの格好のまま、子供には見せられないような悪戯をするつもりだったのだろう。企てていた本人の耳と尻尾がクタっと倒れ、あからさまに悲壮な雰囲気を漂わせてきた。
「わふぅ……」
「地球じゃアナズムと違って気軽なことできないし、明日は出かけるんだぜ? リルのしたいイタズラは明後日あたりまでお預けだ」
「……なんてね。自分の手のひらを見てみてみなよ」
「なに……?」
いつの間にか手の上から飴が消えている。
いや、それだけじゃない。他にもこのタイミングのためだけに用意しておいたお菓子が全て消えているようだ。
「この部屋に入った時点で、ショーの持ち込んだお菓子は全部、ショーの部屋の机の上に移動するんだ。そういう風に仕掛けて置いたんだよ」
「なん……だと……っ⁉︎」
「あと、すでに時間操作やら生理的な操作やら、この部屋にエンチャント済みだから……ね? わふふ、イタズラにも付き合ってもらうよ。せっかく私のセクシーな姿を一時間かけてたくさん見せたんだ、ショーだって気持ちの方、準備できてるだろう……? においでわかるよ。あ、でも無理矢理は良くないから、どうしても無理なら今言ってね?」
そう、そうだ。どれだけ可愛い格好しようが、小動物的な麗しさを見せようが、コイツは叶君に次ぐ頭の良さを持っている。
イタズラ……もとい相手の裏をかくという点に置いて俺が勝てるわけがなかったか。
「……はっ、俺の負けだな。いいぜ乗ってやる」
「わーふ! ありがとー!」
リルはさらに強く抱きついて、頬にキスをしてきた。
そもそも勝ち負けの話だったかこれ。まあいいや。
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