閑話 身につけたかったもの (叶・桜)
たまにありますよね、Levelmakerでこういう回。
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「そういえばもうアナズムでは九月みたいな時期だけど、地球の本物の海、結局行かなかったね」
「あー、そうだね」
叶がオカルト雑誌を読みながら桜に返事をした。自分の顔を見て話してほしいと思った桜は叶の隣まで擦り寄っていった。叶はその意図を汲んだのかオカルト雑誌を閉じ、抱きつかれやすいように腕を開け、桜の方を見る。
「えへへー」
「地球戻れたら海行く? 時間進んでないからまだまだ暑いだろうし」
「うん、行きたい」
「泳ぐ? 泳がない?」
「それは泳がないわよ、見るだけ」
「そっかー」
叶は桜含めこの姉妹が海で泳ぎたくない理由も理解しているので、特になにも思うことなく相槌をした。しかし桜は少し叶に意地悪してやろうとふと思い立ち、それを実行することにしたのだった。彼女はとてもニヤニヤしているため、叶は何か来るなと頭の中で身構えた。
「私のビキニ姿、見られなくて残念だったねー」
「んー、ビキニかー」
「みたかった?」
「まあ、ちょっとはね」
「ちょっとだけなの?」
「今のは言葉のあやだよ。普通に見たいよ、普通に。でもそれ以上にどこかビーチに行って俺以外の目に晒されるよりは見ない方がマシだよ」
相変わらず付き合い始めと言っていることが変わらないので、桜は嬉しさと同時につまらなさも感じた。そこで新しい手札を晒してみることにしたのであった。
「ふ、ふーん。もうあゆにぃには見せてるけどねー」
「この間の、お姫様とかローズさんを交えた中規模な女子会でしょ。あの人はもう兄じゃなくて姉だから……」
「まあ、どっちにしろあゆにぃはお姉ちゃんのことしか見てないからね」
「その通りだよ。ふふっ、嫉妬心を煽ろうとしたみたいだけど、残念だったね」
叶は得意げに微笑んだ。桜はそれに少し対抗したくなり、次の手札に良い何かがないか記憶の中を探ってみた。
まずリルとのエクササイズで身体がよりすごいことになりつつあることを告げようと考えたが、魅惑をちらつかせたところで叶の信念は変わらないので却下となった。次に鼻血が出ないように慣れさせる特訓の一環として、ネクストステージと称してビキニ姿を晒すこと考えたが、すでに何回かそれ以上のことをしてると振り返り却下となった。
まったくもって見つからないので、最後の手段に出ることにした。
「ふー、かにゃたは私の水着姿、見たくないんだ……」
「いやいや、そういうわけじゃないってば」
「もうかにゃただけになら恥ずかしがったりしないのに。いくらでも見せてあげられるのに」
「……もしかして見せたいの?」
「うん」
「そっか」
最終手段、正直になる。正直になってビキニ姿を見てもらったところで、その姿を利用して反撃に出る。肉を裂かせて骨を断つ、そう言う作戦に出たのであった。
そういうことならと叶はマジックルームを作り出した。
「この中はビーチになってるよ。入ったらまず地球の水着の雑誌から取り入れたデータが入ってるから、その中から選んでね、勝手に着替えさせられてるよ」
「着せ替えアイテムと同じ原理ね。叶もビキニになるの?」
「えっ。あゆにぃと違って俺は男から変われないから、ふつうに海パンだよ」
「そっか、残念」
「えっ」
「じゃあ私、入るね」
桜はマジックルームの中に入った。叶も続いて中に入る。叶が入った時には目の前に白いオーソドックスなビキニを着た桜が少し恥ずかしげに立っていた。そのスタイルだけならどう見ても中学生ではなかった。なお叶は青色の海パンである。
「ど、どうかな?」
「んっとね、リルさんのエクササイズをしているって聞いてさ、元々何故か超甘党なのにスリムだった桜があれ以上よくなるのかなんて思ってたけど、はっきり言って凄いね」
「でしょ? せ、成長もしてるしね、色々。ところで、その前の姿との比較っていつの? この世界での温泉旅行の時?」
「うん、そ……ッ!? くっ、はぁはぁ……危なかった、あの記憶でまた血塗れになるところだった」
桜はまずやり返せたことに嬉しく思った。そして自分の言動や行動次第で叶にこれ以上のダメージを与えられると気がついた桜は、もっと攻撃するために次の手段に出た。彼女自身、叶へ初めてのビキニお披露目でテンションが上がってしまい少し頭の中が麻痺している。
「かにゃたも、カッコいいね、腹筋。脱いだらもう男の子にしか見えないよ。女の子みたいなくびれもなくなってる」
「鍛えてるからね! 最近じゃ翔さんにもアドバイスもらってるんだ」
「ちょっと力込めてよ、腹筋なぞりたい」
「いいよ」
叶は言われた通り腹筋に力を入れた。うっすらと出ていたシックスパックが少しはっきりするようになる。桜は必要以上に自分の体を近づけ、ほぼ無意識になめまかしくその腹筋をなぞった。
「えへへ、いいっ」
「そ、そう! う、受け入れてもらえたならよかったよ」
「でもやっぱり顔はそのまま可愛くいてね」
「桜がこの顔が好きならそうするよ」
照れてるのをみた桜は満足したが、より意地悪をしたい気持ちがふつふつと湧き上がってきた。それが照れてる叶が可愛いからであることに桜は内心気がついていた。
そして、ふと近くのビーチパラソルの下に置いてあった時計を見てあることに気がついた。そう、恒例行事をしなければいけない時間であることに。麻痺していた頭でも一瞬それは躊躇したが、たかが外れ始めていた彼女が行動に移すのはそう難しい事ではなかった。
「ねぇ、かにゃた」
「なぁに、泳ぐ? 桜、泳げないから浮き輪だそうね」
「違うの、あの時計の時間見て?」
「時間……? あっ」
「そう、私に慣れる時間だよ。きて……」
「いや、そこまではできないよ。桜、同性を相手してるんじゃないんだから」
「私は彼氏、ううん、婚約者を相手にしてるんだよ? 問題ある?」
「たしかに。じゃあまず服着よう」
「さっきあの日のこと思い出して鼻血出さなかったでしょ? もう次に移っていいんじゃないかな。ね、このまま……」
「……流石にここまでされるとスキンシップとか冗談とかで済む話じゃなくなるよ?」
真剣な顔つきになった叶に対し、桜は心の底からドキッとした。しかし自分でももう止められないところまで来ているのは自覚しているので、ただ黙って頷いた。
「わかった」
叶は桜の希望通りのことをした。叶は実際に日々の訓練で鼻血を抑えることはできたようで、硬直状態に陥り二人がその格好で密着した状態が一分続いてしまったが、鼻血を出すことはなかった。そのかわりに、叶がずっと恐れていた情動が起こる。叶は顔を上げた。桜は内心びびった。
「……冗談じゃ済まないっていったよね、桜」
「うん……いいよ」
「……それなら、今から水着をぬ____________うぐっ!?」
「か、かにゃた?」
「うぐ、うお、うおお……」
「ど、どうしたの!?」
桜が覚悟して目を閉じたその時、叶が普段出さないような声で苦しみ始めた。叶の足は何かに引っ張れるように桜から離れていき、やがて20メートルは距離を置かれてしまう。その20メートル地点で叶はうなだれ、倒れた。
「かにゃたっ!!」
桜は慌てて叶のもとに駆け寄る。桜がすぐ近くまでやってくると、倒れていた叶はスッと立ち上がった。その顔は先程までとは違い、普段の中世的かつどちらかというと女よりの顔立ちでいた。
「あーっぶな! 一線越えようとしたよね、今」
「う、うん……」
「だめだよ! いつかこういうこともあろうかと、予め自分の中に自動制御プログラム組んでおいたからよかったけどさ! 俺らが一度不純異性行為を始めたら絶対に兄ちゃん達みたいに歯止めが効かなくなるんだから。流石に中学生でそれはまずいっていってるでしょ! 個人間じゃなくてモラルの問題だよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「別に謝ることじゃないけどね。あと、もう慣れの時間はおしまいね、ここまでできたんだから。今までほんとにありがと」
「……うー」
桜は明らかに不満そうな顔をした。自分の楽しみの一つがなくなるからであった。同時に叶との決まったスキンシップの時間までなくなるので、この叶の宣言は桜にとって不利益以外のなにものでもなかった。
そんな少し涙目になっている桜を眺めながら、叶は告げる。
「でもまあ、これで自動制御プログラムはちゃんと働いてくれることがわかったし、高校生まで一線を越えることはないね! 逆に言えばどれだけトリガーを引いても大丈夫ってことになる」
「……!」
「それに桜がしたいことは俺、一定のライン以下だったら限界まで付き合うつもりだから。こう、ちょっと大人な時間を作りたいとかって欲求があるなら、今後からその通りにするよ」
桜は迷いなく即座に頷いた。そして小声で今まで同じ時間からと叶に告げた。叶は内心即答したことに驚きながらも、表情は微笑ませ、桜の頭を撫でる。
「わかった、そうしよ。でも今日はもう終わりね! じゃあせっかく出し、泳ごう、泳ごう」
「うん!」
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こういう回書いたあと、だいたい私、あとで書かなきゃよかったって後悔するんですよ。あんまり私らしくないですし。これ書き終わったあとこの文を記しているのですが、まさにその気分です。
まあ、一週間後くらいにはむしろ書いてよかったって思ってるのですが。
どちらにせよ今日同時に投稿したもと小石の内容と温度差がありすぎて震えてます。
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