第1034話 有夢の休養 (美花)

「………」

「大丈夫、辛くない?」

「んー……」



 有夢が活力のない目で虚空を眺めてる。やっぱり執拗に、理由もわからずアナザレベルをなのる何者かから狙われてることもあり、国王様からしばらくこの屋敷から出ないよう言い渡された。私は有夢がまた元気が出るように癒し、励まし続けるだけ。本当は有夢が見たっていう国王様達が無惨な姿を忘れるため、世界ごと離れて地球でゆっくり休むのが一番いいんだけど……手紙で脅されてるからそれはできない。

 さっき、時間を指定してその間の記憶を無くす薬を有夢が自分で作って自分で飲んだけれど、効果はなかった。記憶を無くすだけで漠然とした不安は残り、その元がわからないからより恐怖するようになるだけ。人って悪い記憶を正規の手順を踏まずに忘れるとああなるらしい。だから結局、記憶を戻してしまった。



「私にできること、なんでもやるから言ってね」

「このまま横たわらせて……」

「膝枕続行ってこと?」

「うん」

「……なんなら裸エプロンなんか」

「今はそんな気分じゃないよ」



 ゲームをやるよう提案してみたけどダメだった。やる気が起きないらしい。それならばと私の身体を今提案したわけだけど、それもダメ。そりゃそうか。



「みかぁ……」

「ん?」

「何か起こったらさ、きっちり対応するから……もっともっとこうしててよ」

「いいよ、いくらでも甘えて」

「ありがと」



 有夢は今精神的にきてる。それはわかってるんだけど、どうにも甘えてくるのが愛おしく思えてきちゃう。私に抱きつきながら目をウルウルさせて、私の名前を鳴き声のように呼びまくるの。

 ……こうして一時間くらいたったかな、部屋の戸がノックされた。ちょっと強めの叩き方だったから翔だと思う。そういえばこの屋敷の人の誰かに何があったかの説明、まだしてなかったっけ。翔からみんなに伝えてもらおうかしら。



「有夢、たぶん翔が来たみたい。どんな要件かはわからないけど、今日なにがあったか話しておかなくちゃ。しばらく離れるけど、ごめんね」

「ん……大丈夫」



 私は有夢を置いて部屋の戸を開ける。やっぱり翔がいた。親友が弱っているところを察知したのか、すでに心配そうな顔をしてる。



「よう……なんかあったっぽいけど、どうしたんだ?」

「ちょっと今、有夢が精神的にまいってるの」

「は!? 有夢が!?」



 有夢の精神的なタフさを知ってる翔は驚いた。

 私はお城でなにがあったか、覚えるようにお願いしながら事細かに話した。流石の内容に翔は再び驚いてる。



「マジかよ、今の話全部本当なんだよな……」

「うん。やっぱり有夢は完全に命を狙われてるみたい」

「人がゾンビになってる光景を目にして、敵の幹部供とまとめて戦い、親しい人たちの無残な死体を見せられて、裏切りに合うかもしれねーっつう状況に晒されて、逃げ場も防がれ、明確に命を狙われた上で自分がこれから起こる大規模な戦闘の要にさせられる……。しかも今まで毎日少しずつストレス溜まるような目にあってきたしな。病んで当然だろ。むしろまだ正気保ってるのが流石だぜ」

「そう、そうよね。私も同じ状況なら耐えられる気がしないもん。そう考えるととやっぱり有夢は強いや」



 かつてここまで有夢が弱ったことってあったかな。物心ついてから泣いたことすらあまりないのに。……一度だけ、私とこの世界でもう一度会った瞬間に大泣きしてた。あの時の泣きっぷりは本当に凄かった。となると有夢が嫌いなのって身内が悲惨な目にあうのと孤独……なのかな。うん、国王様たちがグロい状態で見つかるまで精神面は大丈夫だったわけだし、それがトリガーみたい。



「俺はこの屋敷中に今聞いたことを伝えておく。お前はこれからどうするんだ?」

「私は有夢を元気付けて、一番トラウマになってるであろう記憶を薄れさせることに努めるよ。……もし有夢を翔も励ましたいなら明日以降にしてくれる?」

「ああ、そうする。……昔、腕に巨大なガラスの破片が突き刺さっても弱音一つ吐かなかった奴だ。そのタフさが破られたとなると、治療も大変だろうがな。頑張ってくれ。そうだ、ゲームはやらせたか? あれさえやれば元気になったりしねーか?」

「ゲームやったらどうかって提案したし、私で性欲を満たすのも提案したよ。快楽的か肉体的に盛り上がればヤなことも忘れられると思ったんだけど、流石に拒否されちゃった」

「……つい去年まで、お前、学校一清楚とか言われてたんだけどな」

「みんな知らないだけで私、元からこんなものよ」

「そうかもな」



 翔は去っていった。あいつは有夢の次に頼れる男だから、きっとこの屋敷の全員に今起こっていることをきっちりと伝え、その上で有夢のことも配慮してくれるでしょう。有夢の親友だし、私の親友でもあるもの。有夢の次に信用と信頼、してるんだから。

 私は有夢のもとに戻った。布団にくるまって少し震えてるように見える。私の気配を察すると顔を上げ、泣きそうな顔でこちらをみてきた。私は急いで有夢の隣に潜り込む。



「ごめん、ちょっと長かったかな?」

「んん、翔に一部始終説明してたんでしょ? 仕方ないよ」

「これから残り一日、ずっと一緒にいてあげるからね。なんなら明日もずっとこうやって甘えさせてあげる」

「ありがと、大好きだよ、ミカ」

「えへへへ……私もよ」



 有夢のことをぎゅっと抱きしめる。その瞬間、ふと嫌な考えがよぎる。もし私や翔や叶くんが無残にグロテスクな感じで殺されたら有夢はどうなっちゃうのかと。いや、完全に死ぬことはないけど……現場を見られたら……。そんなことは、絶対にないようにしないと。

 

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