第996話 煙の悪魔と悪魔の勇者

「メフィストファレス……ッ!」



 ヘレルは剣を構えた。メフィストファレスは笑み浮かべたまま余裕をもった様子で元勇者や国王達を眺めている。



「おやぁ、かつての同胞に剣を向けますかぁ」

「お前を仲間だなんて一度も思ったことはない!」

「ええ、わかってますよ。煽ってみただけです。昔からずっと不服そうでしたもんねぇ」



 メフィストファレスは煙を収め完全に実体化すると、ゆっくりとヘレルにむかって歩み始めた。ヘレルは横目で後ろにいる国王達に目をやり、固唾を飲んだ。



「国王様達を守りながら俺を相手できるかどうかが不安なのでしょう?」

「そうだ、認めたくはないが……」

「ええ、貴方と俺の実力は拮抗していますからねぇ」



 その言葉を聞いて王家の血筋を持つ者は皆驚いた。

 ヘレルは本物の勇者である証として『勇者』という称号を所持している。この称号はメフィラド王国国内に住み尚且つメフィラド王家と何かしら接触したことがあれば、悪魔神よ復活とともに、メフィスト王家の血筋の者から指摘されることによって発現する。

 発現した際の効果は、発現した時のレベルで得られる総計のステータスポイントとスキルポイントを五倍にして再び与えられ、その後はレベルが上がるたびに普通よりも十倍のポイントが得られるとちものであった。普通のSSSランク程度じゃまず敵わない。ギルマーズが彼に実力で勝ってしまったが、それはそのギルマーズが規格外に強すぎただけであり、本来ならば特殊で強力なスキル所持者や転生を繰り返した等の特殊な状況ではない限り敵うものではないのであった。



「な……なぜ……」

「なぜかってですって? 今呟いたのは王子様の一人ですか。お答えしましょう。……簡単な話ですよ。俺は元々賢者なのです」

「賢者だと!?」

「ええ、賢者ですよ。アナズムではない別の場所から呼ばれてきた存在です。だから転生なんてしなくてもステータスだけはある程度高いのですよねぇ」



 メフィストファレスはケタケタと笑った。ヘレルは知っていたという様子で反応したが、他の者達は唖然としたままであった。



「ともかく俺と貴方がここで争えば大勢が怪我をするでしょうね。どうします、場所を移動しましょうかルシフェルさん」

「……なぜ敵であるお前がそんな提案を」

「紳士は他者を巻き込まないのですよ」



 そう言ったが皆はメフィストファレスが何をしたかを覚えている。メフィラド城下町とその周辺に死の羽をばら撒き、数万人の命を奪った。故に誰も彼の言葉を信じなかった。その空気が本人にも伝わったのかおどけた様子で少しだけ顔をしかめる。



「おやぁ、敵とはいえ信用されてませんねぇ」

「当然だ! 俺たちが何をやったのか覚えてないのか!」

「ええ、もちろん覚えてますよ。サマイエイル様を復活させた後、俺たちは……俺たちは……?」



 メフィストファレスは笑みと動きを止めた。何度か首を傾げてから自分の頭を抱え、手を組んで何かを考えるような動作をしたと思えばまた首を傾げた。



「……おい、どうしたんだ」

「おかしいですね、サマイエイル様を取り込んでからの記憶が曖昧です。何をしたんでしたっけ」

「はぁ?」

「うーん、まあいいでしょう。とりあえず俺のやるべきことは貴方の捕獲ですから」

「だから、俺を捕獲してどうするつもりなんだ」



 ヘレルがそう問うとメフィストファレスは再び首を傾げ始めた。なんだか様子がおかしいのは、付き合いが長かったヘレル以外にも一目瞭然であった。



「理由は聞かされてないですね。戦闘員の一人にするとしか」

「お前ら三人組の一人にされるということか」

「ええ、おそらくそんな感じだと思います」

「今お前が属している組織がどんなものかはわからないが、国一つに喧嘩を売ってまで俺を引き入れたがるなど正気とは思えない」

「……でも、あのかたには何か御考えがあるのでしょうね。というわけですので」



 メフィストファレスが片手を突き出すと、そこに煙が集まってきて何かを形取ろうと動き始めた。そしてやがて白い鎌が一つ出来上がる。



「私の愛鎌がなくなっていたので、最近スキルで作ったんですこれ。実力が近しい方と戦うのはこのスキルを作ってから始めてですからね、試させていただきますよ」



 煙のようにふわふわと宙に浮いている鎌を手に取ると、メフィストファレスは自身の下半身を煙に変え、自身が宙に浮き始めた。その場で対空したままヘレルにむかって鎌を振り下ろす。白い旋風が巻き起こった。

 ヘレルはその旋風を剣圧のみで弾き飛ばす。



「あの鎌がないならお前の実力も半分だな。確保なんて生温いことはしない、気になることは多々あるがここで倒し、ファフニールの元へ向かわせてもらう」

「しかしどうやって俺に攻撃を当てるのです? 貴方も知っているでしょう、私の鎌以外の強み」

「知っているから対処できるんだ」

「そうですか、では頑張ってください」



 メフィストファレスは全身を煙に変えヘレルにむかって特攻を仕掛けてきた。円状になってヘレルを取り囲むと、四方八方から攻撃を始める。

 ヘレルはそれらを難なく剣一本で捌き、煙の一部を斬りつけた。メフィストファレスが実態に戻り、地面に転がる。



「……ッ!? なぜ! 何かを取り込んでいるというわけでもない、特殊なスキルがあるというわけでもないのに!」



 動揺するメフィストファレスに向かい、ヘレルは剣を振った。

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